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4.花火大会
ホテルから会場へ歩く。澄み渡った空気の中で俺は深呼吸をする。頬に当たる風から、草と土の匂いがした。
見上げると、漆黒の闇に無限の星空が広がっている。これが母が10歳のときに見た空なのか。
……あのときの母には、その8年後に俺を産むことも、両親から突き放されることも想像だにできなかっただろう。
この空はどこまでも続いているのに、俺たちはバラバラの人生を歩んでいる。
会場に着くとすでにイベントが始まっており、アイヌ民族が炎をかざして踊っている様子が見えた。
明治時代に倭人が侵略して同化政策を行った結果、彼らは住む場所を、仕事を、そして言葉さえも奪われた。
いないものとすらされていた時代を経て、彼らは今、自分たちの物語を伝えている。
やがて花火が打ち上げられる。
街の光もない、闇の中に広がる一瞬で散る華々。掴めそうなほど近いのに、手を伸ばしても届かない。
峡谷の中に響き渡るズドンズドンという音が俺の腹を圧し、確かな命を感じさせる。
「去年よりも奮発して打ち上げています!」
そんな司会者の言葉に会場から笑い声が湧き上がる。
**
1ヶ月後、乳がんの手術が終わったと母から連絡がくる。今後は放射線治療はせず、民間療法に進むそうだ。
本当は仕事を休んで手術に付き添いたかった。退院の朝、迎えに行きたかった。だが、気を使わせなくないからと母に断られてしまった。
だが俺たちはひとつ約束をする。がんが完治するはずの5年後に、また層雲峡に行くことを。もしかしたらその時は、家族が増えているかもしれない。
【完】
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