1.母からの手紙

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1.母からの手紙

 秋の札幌の景色は美しい。北海道大学内を黄金に彩るイチョウ並木。中島公園の紅葉の散歩道。肌寒い中、大通りに並ぶワゴンで食う焼きもろこしは絶品だ。  冬に行われる雪まつりではイルミネーションが輝き、海外からの観光客も多く訪れる。藻岩山やばんけい、テイネでスキーを楽しむことができる。  雪溶けの春は美しくなった。かつての札幌はいわゆる馬糞風によって空気が澱んでいた。スパイクタイヤが道路を削っていたためである。  梅雨がないまま短い夏に入る。そして夏祭りが1ヶ月続き、多数の市民と観光客が参加する。第71回となる今年は1ヶ月後の7月19日から始まるようだ。    俺は札幌生まれの32歳。母は旭川出身だが、18のときに札幌に出てきた。昼は家でゴロゴロし、夜になると派手な服を着て出かけていく。俺はそんな母が嫌だった。父はおらず、周りの目が冷たく感じられた。  毎日が苦痛でたまらなかった分、俺は勉学に勤しんだ。奨学金を得て道内の大学に入学。そして卒業後は公務員となり、今は平穏な日々を送っている。  母は引越してきたときと同じ中央区に住んでいるが、俺が現在住んでいるのは西区である。そしてお互い疎遠になった今では、年に一度、年賀状のやりとりをするくらいだ。  6月20日の夜帰宅し、郵便受けを開けると母からの手紙がきていた。封筒には昨日の消印がある。俺はレターオープナーを使い、丁寧に手紙を開封する。  氷室悠馬様  すっかりご無沙汰してしまい、申し訳ありません。  7月27日、私と一緒に層雲峡花火大会を観に行きませんか?  ご検討のほどよろしくお願いします。             氷室美穂  俺はすぐスマホの連絡帳を調べ、母に電話をする。母によると、10歳のとき層雲峡で花火大会をみたという。 ーー1984年に両親と、標高1984メートルの黒岳を登った。そしてその夜、花火大会を体験した。 ーーあの花火をまた観たい。  唐突な申し出に俺は困惑しつつも、一生に一回くらいは親孝行をしようと考える。そして一泊二日の旅行を決意した。
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