理由

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理由

(大学辞めるって、何でだよ?) 太陽は午後の講義をさぼった。 マンションに帰り、何がどうなったのか考えようとしたけれど、何も思い付かない。 何がなんだかわからない。 その時、ドアフォンが鳴った。 「瑠奈!」 太陽はそう叫ぶとすぐにドアを開けた。 けれどもドアの前に立っていたのは瑠奈ではなく、基町だった。 「何でここが――」 太陽はそう言いかけて、瑠奈が教えたんだと察した。 「瑠奈のスマホに何度も着信が残ってたから。家にいてくれて良かった。いなかったら出直すはめになった」 「瑠奈は?」 「君、結構しつこいみたいだから話しておこうと思って。ちょっと出て来れる?」 「……瑠奈に会わせてくれるって言うんなら」 「会わせてあげるよ。その方が早いから」 (こんなよく知りもしない男について行って、オレどうしたいんだ……) そんな不安を抱えながらも、瑠奈に会いたいという気持ちの方が勝り、太陽は黙って男の言いなりになった。 太陽が基町の後ろをついて行くと、マンションの側に停められた車に乗るように促された。 太陽が車に乗ると、基町は無言で車を出した。 車は知らない道をしばらく走ると、やがて脇道に入った。 住宅街に沿ってそのまま進み、今度は「私道」という看板の出ている山道に入った。 山道を一番上まで着くと、そこはただっぴろい場所で、広い駐車場の区画のすぐ隣は、墓地だった。 「ここに瑠奈が?」 「ついて来て」 車を降りると、太陽は言われるまま基町の後ろをついて行った。 墓地の一番端は木の垣根になっていて、車でかなり上まで登って来ただけあって、街並みが一望できた。 「瑠奈は?」 「君の目の前」 「目の前って、誰も――」 言いかけて、目の前の墓石に書かれた名前に言葉を失った。 「吉高家」 お墓には、まだ生けたばかりと思われるきれいな花が飾られている。 「冗談……」 「そう思う?」 「何で……一体何が……」 「君が知らなかったことがある」 「何を……知らなかったって言うんだよ……」 「瑠奈は、心臓が悪かった。君には隠してたみたいだけど」 「悪いって……どのくらい……」 「7歳の時に一度手術をしている。それで少しは良くなったけれど、生活にはだいぶ制限があった。それでも無理して大学に行ってたみたいだけど。GWくらいからは、食べることも、動くことも、眠ることも、息をすることすらつらかったと思うよ。夏休み前には限界がきてた」 「何でそんなこと知ってるんだよ?」 「君とは違う。僕はそういう関係だから」 「瑠奈は本当に……」 「君の知っている瑠奈はもういない」 「走らないんじゃなくて、走れなかった……」 「運動は制限されていたからね」 「全部……嘘だ……」 「どう思おうと君の勝手だけど、もう何もかも遅い」 「……いつ……瑠奈は……」 太陽は最後まで言葉にすることができず、目の前のお墓に視線を移した。 「お盆前」 (オレが合宿のバイトに行っていた頃……その時にはもう瑠奈は……) 「全部忘れなさい」 「あんたは? あんたは瑠奈の最後に会えたのか?」 「……一緒にいたからね」 「そ……っか……」 (瑠奈が最後に一緒にいることを選んだのは、この男だった……) 太陽の中の基町に対する敵意が失われた。 「ありがとうございます。わざわざオレに教えてくれて」 「送って行くよ。帰ろう」 「いいです。しばらくここにいます」 「でも、そうしたら帰りが困るよ?」 「大丈夫です。坂を下まで行けばバスが走ってるの見ましたから」 「随分距離があるけど」 「体力には自信があるんで、本当に大丈夫です」 「じゃあ、失礼するよ」 「……はい」 基町がいなくなった後も、ずっと太陽はその場に残っていた。 「瑠奈の好きな花、聞いとけば良かった」 太陽は、こぼれてくる涙をぬぐうこともなく日が暮れるまでそこにいた。
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