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奈帆
瑠奈が亡くなったという実感のないまま、大学は秋休み入ろうとしていた。
何かをやっていないと、太陽は最後に瑠奈と会った日に自分がとってしまった行動への後悔で押しつぶされそうになる。
それで疲れ切って何も考えずに眠れるように、大学のない時間を全てバイトとフットサルの練習に使った。
それでも、ほんの少しの音で夜中に何度も太陽は目を覚ました。
今までは、一度寝たら滅多なことでは起きなかったというのに。
あの日、どうして冷静に瑠奈と話し合わなかったのか、どうしてその後も話すことを後回しにしてしまったのか、気がつくと太陽はそのことばかりを考えるようになっていた。
過ぎてしまった時間は二度と戻せないというのに。
(奇跡が起きて、もう一度やり直せたら、今度は絶対に同じ過ちは繰り返さない)
そんなことが起きないことはわかっているけれど、何度も何度も、そう考えずにはいられない。
(最後があんな別れ方なんて寂しすぎる……)
フットサルの練習を終えると、太陽は、いつものように冷たいシャワーを浴びた。
冷たい水が体に当たると、その冷たさに集中して他のことを忘れることができる。
太陽の所属しているフットサルのチームは大学生から社会人まで年齢の違う者たちが集まっている。
その中で大学が違うものの、唯一、太陽と同じ年なのが緒方康平だった。
それで自然と康平と一緒にいることが多くなる。
シャワーから出て服を着替えると、康平と一緒にグラウンドを出た。
「飯でも行かね?」
歩きながら康平が太陽を誘った。
真っすぐマンションに帰れば、いろいろなことを思い出してしまい、気分が沈む。
かと言って、ご飯を食べに行って楽しめるかどうかもわからない。
それではせっかく誘ってくれた康平に申し訳ない。
康平の後ろをやや遅れがちに歩きながら返事を考えていると、康平が前方から来る人物に声をかけた。
「あれ? 井坂? やっぱそうだ! 久しぶり!」
康平が声をかけたのは奈帆だった。
「井坂と知り合い?」
「中高校一緒だった。日下部も井坂と知り合いなの?」
「同じ大学」
奈帆は、太陽と康平の会話に困惑したような表情をしていた。
「お前今も吉高と仲良いの?」
康平の何気ない一言に、太陽は驚いた。
「吉高って、吉高瑠奈?」
「そう。井坂、中学の時めちゃくちゃ仲良かったよな? いっつも2人一緒だったの覚えてる」
「し、知らない」
奈帆は太陽の目を避けるようにして答えた。
「へっ? 井坂、何言ってんの?」
「知らないっ」
そう言うと、奈帆は走り出した。
「ごめん緒方、また今度ゆっくりご飯に行こう」
「え? あ、ああ」
走って逃げる奈帆を太陽は追いかけた。
普段からの運動量が絶対的に違う。
太陽はすぐに奈帆に追いつくと、その腕を掴んだ。
「どういうことだよ? 瑠奈と井坂が仲良いとか初めて聞いたんだけど?」
「昔の話。ケンカしてそれから口聞いてない」
「いつから? どんなケンカ? 理由は?」
「それは……」
「言えよ」
「知らない。何も知らない」
奈帆はその場にしゃがみ込むと泣き始めた。
「手……離して……やっぱり無理……ごめん……瑠奈……」
「何だよそれ?」
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