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太陽に腕を掴まれたまま、奈帆はその頭を振る。
「オレは何を知らなかった? 頼むから教えて」
太陽の知らない瑠奈がここにもいる。
奈帆の腕を掴んでいた太陽の手から力が抜ける。
「頼む……」
頭を下げて動かないでいる太陽に奈帆の中で迷いが生じる。
「聞いてどうするの?」
「……わからない」
「今更知ったところで何も変わらないよ?」
「それでも、本当のことを知りたい。どうして瑠奈と仲悪いフリしてた?」
奈帆は自分の涙を手の甲でぬぐうと、唇をぎゅっと結んだ。
そして、何かを決意した表情で太陽を見上げた。
「瑠奈が言いたくないことや、隠してることを、全部、言ってしまいそうだったから。わたしは日下部くんに知ってもらいたかった。だから日下部くんと一緒にいる瑠奈のそばにいられなかった」
「瑠奈が隠してたことって、何?」
「……場所、変えていい?」
奈帆は無言で、さっきまで太陽がいたグラウンドまで戻った。
太陽はその後ろをついて行く。
奈帆はグラウンドの入り口に差し掛かったところで足を止め、道路を挟んだ反対側の建物を指さした。
「瑠奈の入院していた病院」
太陽もサッカーグラウンドの前の道路を挟んだ向こう側に、病院があることは知っていた。
けれども、ただそこに病院があるというだけのことで、そこに通う人や入院している人のことを考えたことはなかった。
「瑠奈は何度も入退院を繰り返してたし、そうじゃなくても検査とか通院とか、ここによく来てた。それで、日下部くんに会ったんだよ」
「え? いつ?」
「一昨年の夏。瑠奈がバスに乗る時、スマホにチャージしてた金額が足らなくて困ってたところを、日下部くんが2人分払ってくれたって聞いた」
「……覚えてない」
「日下部くんは友達と一緒で、バスの乗車口で瑠奈がもたついてたら、自分のスマホをかざして、『払ったから早く乗りな』って言って、バスに乗った後はそのまま友達と話してたって。お礼もちゃんと言えなかったことを後悔してた」
「付き合ってる時、瑠奈はそんなこと一言も言わなかった」
「それからも、何度かバス停で会ってる。瑠奈は話しかけることができなくて、遠くから見てただけだった」
サッカーグラウンド前のバス停は病院に出入りする人も利用する関係で、いつも混雑していた。
太陽はいつも部活のメンバーと一緒で、ゲームや学校の話に夢中だったから、バスで一緒になった乗客のことなど気にもとめたことがなかった。
瑠奈の分のバス賃を一緒に払ったことも、恐らく後ろがつかえていたから、単純にさっさと乗りたかったくらいのことだった。
「全部わたしのせいだから」
「何が? ごめん、話についていけない」
奈帆は落ちていく涙を拭うこともせず、太陽に向かって言った。
「わたしのせいで瑠奈は嘘をつくことになった」
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