♯16 強いられた戦い

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♯16 強いられた戦い

 フリサンカは私たちの住む世界で例えるところの、フィンランド共和国の首都ヘルシンキで。  フィンランド湾の半島に位置する港町だ。  緑豊かな中に建ち並ぶ機能的な町並みは、アアルト建築を始め、北欧屈指の美しいデザインがそこかしこにちりばめられている。  はずだったのだが。  そこに町は存在していなかった。 「鈴鹿、ここで間違いねえのか……?」  巨大なデッキブラシで洗い流したように。  人工物の跡形も痕跡もなにもなく。 「ジュテームさん、GPSで確認し直しましたが、フリサンカで間違いないようです」  鈴鹿やジュテーム、半にクライネにデッドリィ、そしてエターニャとタモちゃんが愕然と立ち尽くす。  彼女らの目の前にあるのは。  ただただ土が剥き出しになっている陸地が、朝日に照らされているだけの、だだっ広い平原だ。 「フリサンカの人口は?」 「65万人以上です……」  タモちゃんの握り締めた拳が震える。 「おまえがやったのか……? ロナ!」  タモちゃんたちの視線の先に。  青い耳飾りをした少女がいた。  ヨットパーカーのポケットに両手を突っ込んだまま。  ロナはうつむけていた顔に光を当てた。 「安心して、タモちゃん。人質になっているだけで、殺しちゃいない」  遙か上空に無数の丸い(もや)が浮いている。  それらに人々が意識を奪われて囚われているようだ。 「今すぐ解放しろ! そうすればっ……」 「あたしが死なないと、解放されないんだ!」 「ロナと戦いたくない!」 「昨日あそんだ他の5人を覚えてる? あの子たちも人質になってるの」 「えっ……?」 「あの子たちはタモちゃんが死なないと解放されない!」 「仲間同士でしょ? そんな作り話、信じるもんか!」 「エディモウィッチさまは、あたしが1番力を発揮する方法を選んだだけ。あの方は手段を選ばない!」 「だったら! あたしは逃げてやる! 戦いを放棄する!」 「もしもタモちゃんが戦わなければ、1時間ごとに1万人ずつ人質が犠牲になっていく。デッドリィちゃんに頼んだって無駄だよ。一瞬で灰になる闇魔法をかけられるから!」 「どうしても戦わなくちゃダメッ?」 「言ったでしょ。命がけの決闘だって! フリサンカの人々を助けたかったら、全力であたしを倒すんだ!」  ロナのくすみ無き双眸が、タモちゃんをしかりと捕らえる。  その瞳に敵意はなかった。  憎しみなどまったく感じなくて。  大切な人を失いかけているような、必死な悲哀の色を湛えている。 「ロナちゃん、きっと何か方法があるはずです!」 「そうよ! 早まっちゃだめ!」 「拙者たちが良い手立てを考えますから!」 「クライネはまたロナたちと遊びたい!」  鈴鹿やデッドリィ、半にクライネが説得を試みるも。 「鈴鹿ちゃんたちは動かないで! これはタモちゃんとあたしの一騎打ちだよ。これが犠牲を最小限にする精一杯だったんだ。もし手を出したら、人質全員が即死するからね!」  ロナは聞く耳を持とうとしなかった。
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