♯18 切り接ぎの生い立ち

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♯18 切り接ぎの生い立ち

 そしてまた、タモちゃんたちは別の夢幻を目撃する――。 「ドリィちゃん! 普段通りでいいからね!」  中央にグランドピアノが設置されたステージに、九歳の女の子が送り出された。  観客席は満員で。  最前列には名だたるピアニストの重鎮たちが座っている。  過呼吸になりそうになるのを、ゆっくり息を吐いて押さえ込み。  ドレスがしわにならないように、ピアノの椅子にまっすぐ座って。  鍵盤に両指をそっと置く。  息を止めて、指の震えを止めたのち。  やおら、クラシックの調べを奏で始めた。  小川の清流を想起させる旋律が、観客の心を魅了していく。  思いの丈が詰まったすべての音を流しきったとき。  ドリィが目にしたのは。 「優勝は……、ドリィさんです!」  観客が立ち上がって、拍手喝采を自分に送っている光景だった。 「ドリィちゃん、初優勝おめでとう!」 「パパは世界一しあわせ者だよ!」  ママとパパにぎゅーっと抱きしめられて。  ドリィはとても辛かった練習の日々が、ぜんぶ報われたような気がした。  うれし涙となって、積もり積もった辛苦の粒が落ちていく。  家族で入った高級レストランでのディナーも夢のようで。 「とびきりのご馳走だぞ!」 「デザートもたくさんあるからね!」 「さあ、好きなものを言いなさい!」 「なんでも買ってあげるわよ!」  欲しかったぬいぐるみも、おもちゃも、いっぱい買ってもらって。  ドリィは宝物に囲まれながら、その夜はお姫様ベッドで幸せな夢路をたどるのだった。  そして翌朝。  賑やかだった昨晩と打って変わって、やけに静かな日常で。  朝食を作る音もしないし。  クラシックのレコードの音も聞こえてこない。 「パパ~? ママ~?」  ドリィがダイニングへ行くと。  長椅子のソファに両親が並んで腰掛けている後ろ姿が見えた。  ドリィは仲良しだなあとにやついて。 「なにしてるの~っ?」  背後から抱きついてみた!  のだが……。  それは知っている両親ではなくて。  冷たくて、青白い、人の形をした、息をしていない何かだった。 「ひっ……」  ドリィがおののいて、へたり込むと。  タモちゃんたちの頭の中に、事の全容が浮かび上がってきた。  悪しき意識の塊がやってきて。  両親を見つけるなり。 「カリ・ウビラヲン!」  死の魔法を唱え。 「ドリィちゃん、逃っ……げて……」  両親が倒れ込んだ音で、ドリィが目を覚ます――。  変わり果てた姿になった両親を、ドリィが見つけるのを待ってから。  見知らぬ声は語りかけた。 「かわいそうに。誰かに両親を殺されたんだね」  ――おまえが、殺した! 「まだ幼い子供がいるというのに。酷いことをする人がいるものだ」  ――エディモウィッチが殺したんだーーっ! 「でも大丈夫。いいところへ連れて行ってあげようね」  そう告げられるとたちまちに。 「…………っ!」  怯えきっていたドリィの体が勝手に浮き上がって。  世界中の空を駆け巡った。  そしてユリドンの地に住まう、緑のドレスを着た女性の屋敷へ降ろされる。  悪しき意識の塊は、庭の花壇にいた女性にドリィを押しつけると。 「シャンプール、このみなしごを一人前に育て上げよ。拒否すればおまえたちに死が待っていよう。5年後に迎えに来るぞ!」  そう言って、気配をかき消した。  シャンプールと呼ばれた緑の服の女の人は、すべてを察したような顔になり。 「おまえ、名は?」 「ドリィ……」 「そうか。今日からおまえの名はデッドリィだよ。いいね。しっかり勉強するんだ。あいつを倒せるくらいの魔法使いにしてあげるから!」  デッドリィの頭を悲しげに撫でたのだった。
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