♯10 影の添乗員

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♯10 影の添乗員

 黒テントの中へと入っていくと。 「さあ、あの館へ向かって歩くのだ」  と、太っちょ忍者が最後尾のジュテームの背中を押して歩き出したので。 「え、おまえ、ついてくんの?」 「拙者はコンダクターなのだ」 「へえ、日本のお化け屋敷には添乗員がついているのね!」  デッドリィが無邪気に胸躍らせる。 「それって、すごいのっ?」  子供タモちゃんが楽しそうに聞くと。 「今時のお化け屋敷はそんな風になってるんですね!」 「初耳だ!」  鈴鹿もエターニャも興味津々だ。 「気配を消すのは得意ゆえ、安心なされよ」  太っちょ忍者は少しだけ、お腹を引っ込めて見せた。 「その体でか……」  まぶたを重くしたジュテームだが。 「さあ、先に進まれよ」  太っちょ忍者がジュテームたちの背中を押してくるので、皆はやおら歩き出した。  地面は鬱蒼と茂る草に覆われていて。  仰げばゴロゴロと光る黒雲がたなびいている。 「ここ、テントの中だよね!」  子供タモちゃんが物珍しそうに空を見上げた。  辺りには不気味な鳥の鳴き声と共に。  湿気まじりの生暖かい風が流れていて。  頬をゆっくりと拭っていく。  雨が降りそうなにおいを感じながら。  目の前に視線を落とすと。  屋根の朽ちかけた、古色蒼然な屋敷が稲光に浮かび上がった。 「凝ってるなぁ」  エターニャが少し縮こまる。 「これが日本のお化け屋敷なのね!」  デッドリィは死体が落ちていないか、屋敷の周りを見回した。 「恐くないですか?」  鈴鹿が子供タモちゃんを気遣うと。 「平気! だって、ぜんぶ作り物だって知ってるもん!」  子供タモちゃんがニッタリと笑い返す。 「それにしても、ここの空間、明らかにテントより広くね?」  ジュテームのいぶかる声に。 「魔法で創った亜空間だな。この規模からすると、かなりの魔力の持ち主だ」  エターニャがなにかを見定めようと目を細くする。  と、稲妻が屋敷に落雷した。  見も知らぬ女の悲鳴が響き渡って。 「だれか、たすけてーーーっ」  同時に火の手がボボッと立ち上がる。  甲高い女の声は、突如降り出した激しい雨に、語尾がかき消されていく。  前から突風が吹き抜けて。  雨合羽のフードがペロリと脱げた。  そこへ横殴りの大雨が!  みな、バケツの水をかぶったみたいに、顔がびちょびちょになったのだけれど。 「雨合羽着ててよかったねーっ!」  子供タモちゃんは顔を突き出して大喜びだ。 「あんま合羽の意味ねえよな……?」 「まあ、タモちゃんが楽しいなら、これでいいじゃないですか!」  しばらくのあいだ、猛雨に打たれるがままに立ち止まる鈴鹿たちであった。
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