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「よかった。見つけてくれて」
駅前を歩き出しながら、彼女ははにかんだ微笑で私をちらりと見た。凄い睫毛。ほんとうなら私なんかがお近づきにはなれないほど、美しい人。髪なんかも、私と同じ組織でできているとは思えないくらいサラサラで、肌にも毛穴ひとつ見えない。
いつの間にか、私と彼女は雑木林の中にいる。さっきから、私たちの他に誰も見当たらない。この界隈ってこんなだったっけと思いつつ、そんなに強く疑問を抱いているわけでもない自分が不思議だった。
彼女が立ち止まり、私も立ち止まる。
しゅるんと音がしたかと思うと、彼女はリボンを外し出した。あ、ゴムで留める式じゃないんだ――なんて言ってる場合じゃない気がする。まずい。いやな予感が走っている。どうしよう。私が次の黒いリボン担当で、また次の担当が見つかるまでずっとそれをつけて過ごさなきゃいけない呪いとかだったら。やばい。逃げなきゃ。そう思うのに、足が動かない。
白い指にリボンを絡ませた彼女が、きらきらとした黒い目を私に向けた。残酷さと紙一重の、無邪気な輝きだ。
「や、やめて……」
足がすくんだまま動けない。せめてもの抵抗として、襟元を手でかぱい、目をぎゅっと閉じる。
けれど、予想に反して彼女は襲いかかってなどこなかった。しゅっしゅっと衣ずれの音が聞こえるばかりだ。恐る恐る、私は目を開いていく。
と、黒いリボンの子が、黒いリボンを引き延ばしている。踊るように腕を伸ばすのに従って、黒いリボンはどこまでも長く広く伸びていく。縦に、横に。気づけば、元の大きさの何倍にもふくらんで、彼女の手や腕から溢れ出している。
シーツのようになった黒いサテンを一旦ばさりと広げると、彼女はそれを自分の身体に巻きつけはじめた。黒いリボンに頭からつま先までを覆われ、彼女はあっという間に黒く新鮮なミイラのようになってしまった。
と、とにかく逃げよう。
かろうじて一歩、私は後ずさる。
「待って。せっかく会えたのに」
くぐもった声が聞こえた。
「私、あなたを待ってたのよ」
「あなた……何者なの。それは、何をしているの」
とっとと逃げ出したいのに、私は問うてしまう。震えてかすれた、力のない声で。
「そんなの、大した問題じゃないわ」
「『そんなの』って……」
私の絶句のすぐあと、彼女にわずかな異変が起こった。彼女を包む黒いリボンが、隅から少しずつ鈍く色あせはじめたのだ。それは乾燥していきながら、よりきつく彼女の身体にくっついていっているように見えた。
「ちょっと……大丈夫なの?」
思わず訊くが、彼女は何も言わない。
「ねえ……私、どうすればいいの? 救急車かなんか、呼ぼうか?」
自分でもナンセンスと思いながらも、人間の社会における正常な手続きを打診する。
と、彼女はばったりと真横に倒れた。
「えっ!? ちょっと、大丈夫なんですか!?」
なんで、こんなことになってしまったのか。
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