4人が本棚に入れています
本棚に追加
翌朝、きちんと目覚められた自分に安堵する。
よかった。生きてる。すべて夢だったのだろうか。そうだ、そうに決まっている。あのあとどうやって帰ったかもよく覚えてはいない。ということはつまり、夢だったのだ。ともあれ、そんなに悪い夢でもなかった気がする。
誰もいない食卓で、私は鍋に残っていたシチューを温めて食べた。父は私が起きる前には家を出る。母は友人と旅行中だ。社会人の姉は一人暮らし。気がねなくスマホを使える食卓は、ちょっと嬉しい。
駅に着くと、いつも一緒に通学する友人が見あたらない。
スマホを見ても連絡は来ず、こちらから連絡を入れようにも通信状態が悪くてあきらめる。乗り込んた電車の中にも、いつも見かける同じ高校のメンツがいなかった。どうしたのだろう。こんなことは珍しい。今日は特別なスケジュールの日だったっけ? クラスLINEを見返しても、そんな話は出ていない。
雑木林の町の駅に着き、ようやくグレーの制服の見知った二人組が乗ってきた。でも、この子たち、いつもここで乗ってきてたかな。彼女らのほうをよく見ようとして、私は悲鳴をあげたくなった。
二人とも、黒いリボンとネクタイをそれぞれに着けている。
なんで……? 心臓が、どくどくと波打ちはじめる。えっ? なんで? なんで? えっ? なんで? とりあえず電車を降りようか。一本遅らせても平気だから降りて落ち着こう。一歩を踏み出そうとしたとき、しかし扉は閉まってしまう。
ゆるく首を振って顔をあげると、友達のちさきが目の前のシートに座っているのに気づいた。なんだ、普通に乗ってるじゃないか。全然気づかなかった。なんで声をかけてくれなかったんだろう。
こちらから話しかけようかと思うけれど、勇気が出ない。だって、こんなに近くにいたのにあいさつもされなかったんだもの。
それに、彼女、黒いリボンなんてつけているんだもの。
よく見れば、いつもこの車両を使うメンバーはみんな揃っているようだった。そして、みんな黒いリボンやネクタイをつけている。
ちさきの襟元の真っ黒なリボン。見たくないのに、目を奪われてしまう。ふんわりとして艶のあるリボンは、こんな時でもうっとりするほど美しい。今すぐむしりとって、私の首に着け替えてしまいたいくらい。
そんな私の背後から、女の子たちの囁き合う声が聞こえてきた。
「ねえ知ってる? うちの学校にさ……」
ああ、続きを聞かなくても、私には分かってしまう。
うちの学校にさ、えんじのリボンの子がいるらしいよ――そう言うんでしょう。そして私は、三百年の迷子になるのね。とんでもない人生になったな。でも不思議と、おごそかな気持ちだ。ええ、何百年でも待てそうな気がする。だって、彼女の姿はあんなにも綺麗だったのだから。
最初のコメントを投稿しよう!