黒いリボンの子

　いつからだったろう。「制服のリボンが黒い子がいる」という噂が広がりはじめたのは。
　うちの高校の制服のリボンやネクタイはえんじ色だ。なのに、その子は黒いリボンをつけているという。

　彼女は一年生なのだという話もあったし、三年生だという声もあった。私と同じ二年だという噂もあって、どうやらＤ組らしいというからＤ組の子に訊いたらＡ組の話じゃないかと言われ、Ａ組の子に訊いたらＣ組の話だろうと言われ、Ｃ組の子に訊いたらきみのクラスの話じゃないのかと驚かれる始末。もちろん、私のＢ組にそんな子はいない。

「ほんとにいるの？　黒いリボンの子なんて」
　昼休み、友達のえみなに訊ねると彼女は心外そうに顔をしかめた。最初に私にその噂を伝えたのは、他でもない彼女なのだ。
「疑ってるの？」
「だって実体がないんだもん。実物、えみなは見たことあるの？」
「ないけど。でも部活の先輩の友達が見たって」
　部活の先輩の友達、ねえ。
　鼻白みつつも、深くは突っ込まぬまま質問を変える。
「そもそもその子、なんで黒いリボンなんかつけてるのよ。おしゃれのつもり？」
「さあねえ、そこまでは知らない」
　えみなは購買で買ったカフェラテを吸い上げた。黒いリボンの子の話は、すべてが漠然としている。
「先生に注意されないの？」
「どうだかね。校則緩いからスルーじゃない？」
「そもそもだよ、なんでこんな話題になってるわけ？　確かに変わってはいるけど、同じくらい変わってる子はちらほらいるじゃん。髪色すごいとか、爪すごいとか、変なリュックしょってるとか」
　私が言うと、えみなはぽかんとした。まるで、リボンが黒いことはこの世で最大級のスキャンダルだとでもいうみたいに。
　まあ確かに……黒は不吉ではある。リボンを指定以外のものにしてる人も、見たことがないし。

　でも、それにしたって。
　腑に落ちなかった。