開けてはいけない

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「うわぁ! な、な、何してるんですか!?」  大家の老人の部屋から出たとき、マンションの廊下で若い女性に驚かれた。 「あ、す……すみません! 花壇をいじっていたら汚れちゃって」  全身泥だらけの成人男性の理由付けとしては、さすがに苦しいかな? 「い、いえ……あの、あのどうしてその部屋に?」 「え?」  やばい。彼女は私のことを知っているのか。自分の部屋じゃないところから出てきて怪しまれたか。 「あ、えっと。さっきまで友人と話してて……」  目線を上下左右にぐるぐるさせながら、しどろもどろになりながら話す。推理小説の犯人なら失格だ。 「そこ、物置なんですけど」 「……へ?」  とっさにドアノブをひねって開けた。中には、キャンプ用品や釣り具などが置いてあった。 「さっきまで畳の部屋だったのに……」 「何言ってるんですか? 私が生まれたときからフローリングでしたよ」  そんなはずは……と言いかけた私に、彼女は人差し指をこちらに突き出して 「とにかく! この部屋には入らないでくださいね! うちの家族が使ってる部屋ですから! ……まぁ、鍵をかけ忘れた私も、ほんのちょこっとくらいは悪いかもですけど」 「へぇ、マンションって、物置にする目的でも借りられるんですね」  大物youtuberになったら、撮影機材とか小道具とか置く部屋を借りようなんて考えた。彼女は 「え? いや、私のマンションですけど」 「ファッ?」  マジ? 彼女の顔をまじまじと見る。どう高く見積もっても、二十代半ばくらいにしか見えないが。じっと見つめていると、彼女の端正な顔立ちがどんどん不満そうに歪んでいく。 「私、大家です。面談と内見のときお会いしましたよね?」 「……え。……あ! ああ、ごめんなさい。人の顔覚えるの苦手で」  ハハハと笑ってごまかした。まったく記憶にない。ずっと大家は、老人だと思っていたのだが……。あれ? どうだったかな……いや、言われてみればこの人だったような気がする。なんだか記憶があやふやだ。 「じゃあ、その部屋には勝手に入らないでくださいねー!」  念を押すように彼女は言うと、たっぷり荷物の入ったエコバッグを肩にかけなおした。私の横を通り過ぎるときにバッグの中身が少し見えて、中にグレープフルーツが入っているのが見えた。  彼女の姿が完全に見えなくなってから、そういえば彼女は誰かに似ているなと思った。誰かはもう、思い出せないけれど。
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