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盗賊
「結婚かあ……」
なかなか眠りにつけず、私は寝間着のまま自室の窓を開けて夜風に当たっていた。
ちょうど満月が綺麗で、月明かりが照らして外はとても明るかった。
結婚が決まってからのこと、いろいろ考えるようになり、最近ずっと眠りが浅くなっている。
自分に求婚する人がいないのは分かっているけれど、結婚に興味がないわけじゃない。昔一緒に遊んだ男子が次々に結婚していて、自分だけ取り残されている感じがする。
王の娘であり、みんなを束ねるリーダー的なポジションだったから、いずれこの中の一番すごい人と結婚するだと考えていた。
お山の大将を気取っていた世間知らずな奴。女は男を力で従わせるんじゃなくて、美しさで男に魅了するものなんだと最近分かった。
でも、そんな私がついに結婚することになりそうだった。妹の代わりに他国に嫁ぐ。
結婚する気もないのに一緒にいることを偽装結婚というけど、こんな風に別人が嫁ぐのはなんて言うんだろう。前者は相手が合意の上で行われるけど、後者は単純に詐欺。
相手からはすごく美しいお姫様が来るって話なのに、いざやってきたのは暴れん坊姫という……。
絶対に会った時に失望される。気が重くてしょうがなかった。
「月が太陽の代わりになんてなれるわけがない。真っ暗な夜でしか、皆その存在を気に留めないのだから」
「月だって十分綺麗だと思うぞ?」
「うわああああっ!?」
声と共に男が窓から顔を出してきて、私は大きくのけぞってしまう。
「ど、どどど、どうして!?」
そこに誰かがいるはずがなかった。
私の部屋は王城の塔の一つにある。地面からは10メートル以上もあり、どうやってもひょいと顔を出せる位置になかった。
どうしてこんなところに部屋があるかは察してほしいところ。
防衛施設としての城はすでに役目を終えて、家族は城内に新たに作られた御殿で暮らしている。でも私は古い城の一角に住まわされている。
「ちょっと上がらせてもらうぜ」
男は私を押しのけて部屋に入ってくる。
本当はこの不審者をそのまま突き落としてやらないといけないのだけど、私はあまりの驚きに、「あわあわ」と言うことしかできなかった。
ロープでも使えば、ある程度、力のある人ならば塔を登ることはできると思う。でも、窓の下からは絶対に無理な事情がある。
城下町は平野に広がっていて、お城は丘の上に立っている。城下町から道が延びて大手門をくぐるとお城に入れる。丘を取り囲むように城壁が張り巡らされていて、私がいる塔は大手門とは反対の、切り立った崖側にある。だから窓の下は数十メートルの断崖絶壁であり、人が絶対に登ってこられるところではなかった。
じゃあ、この男は何者? 人間? 化け物の類いなんじゃない……?
「あんたがシャルロッテか?」
男がぶしつけに言ってくる。すごく人間くさい。
「ううん。姉のテレジアよ」
まだ動揺しているようで、聞かれたことにちゃんと答えてしまう私。
「姉? 一人娘と聞いてたんだがな」
それはよく言われる台詞だった。
シャルロッテの美貌は大陸中に知れ渡っているけど、私のことは意図的に伏せられていたから。
気にしないようにしているけど、面と向かって言われるとさすがにショック。
「って、あなた……人さらい?」
「見えるか?」
「見える」
化け物じゃなくて人間なのは会話できることから分かる。そしてお目当てはシャルロッテの模様。
男は夜に行動しても目立たなそうな真っ黒な服を着て、フードをかぶっていることもあり、あまり顔が見えない。
手にはかぎ爪のようなものがつけられていて、どうやらそれで崖を登ってきたようだった。道具があれば登れるような崖だとは思えないので、この男の技量は相当なものなのかもしれない。
そして、人を縛るにはもってこいのロープまで持参している。
「やっぱ別人か。絶世の美女って聞いてたからな」
男はのぞき込むようにこっちを見てくる。
夜だからドレスじゃなくて、色気のない寝間着姿。
恥ずかしさよりも、じろじろ見られるのは不愉快だし、妹と比較されてカチンと来る。
「美しくなくて悪かったわね」
この男はどうやらシャルロッテの噂を聞いて、誘拐しようと思ったみたいだった。
王自慢の娘だし、婿になりたいと思う王侯も多い。その価値は美しさだけに留まらない。
「別に? 俺はあんたみたいな子のほうが好みだ」
「にゃっ!?」
思わぬことを言われ、声が裏返ってしまった。
いろんな意味で恥ずかしい。
「美人はたいてい性格が悪い。その妹とやらも、外面は淑女のように振る舞ってるんだろうが、どうせ猫をかぶってるだけで、傲慢な奴に違いないさ」
「別にいいじゃない、猫かぶったって。少しでも良く見せたいというのは、人間として当然の欲求だわ」
かばうような間柄じゃないけど、妹が他人に悪く言われるのは気分が悪くて反論してしまう。
「それに、悪いところを隠せるから高貴なのよ。一般人はみにくいところをさらけ出すことに抵抗がないから、怠惰な振る舞いや暮らしをしている。でも貴族はそうはいかないの。遊びたいから遊び、休みたいから休むようでは世は回らなくなる」
妹が性格悪いのは私が一番よく分かってる。でも、みんなの前ではその悪いところを絶対に出さない。
人を幻滅させたくないし、自分にはよい婿を迎える責務があるから、自分をよく見せることにとても気を遣っている。それは自分のためでもあるし、国のためでもある。
「へえ、さすがお姫様だ。見識があるな」
男は大げさにうなずいてみせる。
「しかしだ。じゃあなんであんたは、猫をかぶらないんだ?」
「へ?」
「人さらいを前にして、お淑やかに怯えていれば、ちょっとはお姫様に見えるぜ?」
気づけば手には花瓶を持っていた。
無意識に侵入者を自分で退治しようとして考えていたみたいだった。確かにお姫様のすることじゃない。
「あら、おほほ」
ごまかすように花瓶を元の場所に戻す。
妹は美女になるために努力をして実を成している。それは私にとってひがんでしまうことだけど、努力はすごいし私には真似できない。
外聞を気にしないで自由に生きている私が親に嫌われるのも仕方ない、と思えるところだったりする。
妹はなんだかんだですごいんだ。
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