盗賊

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「しっかし、変わってるな。テレジアと言ったっけ?」 「人の名前を気安く呼ばないでよ」 「おっとこれは失礼」  男はわざわざ一歩引いて、仰々しく頭を下げる。 「俺の名はシュウ。えっと……シュウ・シュテファンだ。よろしくな、お姫様」 「シュウ? どっか聞いてような……。あっ!」  シャルロッテに縁談を申し込んだ人物の名前だった。そして、自分が代わりに嫁入りすることになっている。 「ちょっと待って……!」  机に置かれた手紙をつかみ取って、中身を急いで確かめる。  署名はシュウ・シュテファンと書いてある。 「ハーシェル共和国の王子……? ホント? なんで人さらいを?」  他国の王子が王女をさらったら大事件だ。戦争になってもおかしくない。  まったく意味が分からなかった。  どうして求婚しておきながらさらおうとするの? 断られるのを分かっていて? 了承の連絡はまだ届いてないの? 中身は私だけど。 「奪っちゃいけないのか?」 「ダメに決まってるでしょ!」 「じゃあ、あんたの国が隣国に攻め込むのはいいのか?」 「え?」 「戦争で領地を奪うのはいいのか? 正統な行為か? 強奪じゃないか?」 「そ、それは……」  いいわけがない。  だけど実際にうちの国は戦争で他国の領地を奪い取っていた。それがあるから国が栄えているという事実があって、悪いと断じることができなかった。  戦争はそういうものだから、みんなやってるから、と言うこともできるけど、やっぱり「奪う」行為だと私は思う。 「欲しいから奪う。人の本質だろ。そこに偉い偉くないも、高貴だから庶民だからもない」 「くっ……」  シュウの言うとこは正論で、言い返せなかった。 「いくら求婚を受けてもオッケーしない難攻不落のお姫様。それがなぜか俺の誘いには応じてくれた。これはおかしいと思って見に来てみればこれだ。どうせバレないだろうと思って、あんたが代わりに嫁ぐことになってたんだろ?」 「うっ……」  完全に見抜かれている。  これではどっちの国がひどいかなんて議論が成り立たない。  怪しいと思って偵察に来たようだけど、これで詐欺は回避できたんだから、相手を責められなかった。 「そ、そうよ。あなたが言った通り。私が妹の身代わりになる予定だったの……」  なんて惨めなんだろう。誰にも望まれていない花嫁。  自分の両親もいらないし、相手も、相手の両親もいらないだろう。私だって妹のふりをして嫁にいきたくなんてない。  自分で言うと本当に情けない。体が震えて目が熱くなってきた。 「失望したでしょ。ここにあなたの望むものはないのよ」  花嫁が私だったこと。嘘つきの国だったこと。妹も性格ブスなこと……。  困ったことに、自虐的なセリフが自分に刺さる。まずい。このままだと泣きそうだ。 「いいや? むしろ、いい拾いものしたな、と」 「へ?」 「あんたのほうに興味がわいた。どうだ、俺と一緒に来ないか?」 「……私を口説いてるの?」 「そうだ」  今、自分はどんな顔をしているんだろう。  口説かれて喜んでる? 男の品性を疑ってドン引きしてる?  顔が熱いから真っ赤になってるのは間違いない。  でも……冷静に考えれば、相手は意味不明なことを言っているし、こんな男に従う理由なんて何もない。  ……何もないはずなんだけど、自分を認めてくれていることが嬉しい。嬉しすぎる。  本当だったら気持ちのままに飛び跳ねたいぐらいだから、男の提案を拒絶できない自分があった。 「今すぐ決めろ。俺がこのつまらない世界から連れ出してやる」  私ははっとする。  もしかして、この男は私の心を見抜いている?  妹が嫌いだとか、閉じ込められているとか、ネガティブなことは一切言ってない。でも男はこの環境に不満があることを把握している。 「私は……」  連れ出す。その言葉はすごく魅力的だった。  王城の端っこの塔。質素な部屋。窓の外には無限に続く夜空が見える。  ここでじっとしているだけの人生。誰が望むものか。  「行く! ここから私を出して!」  私は賭けることに決めた。  この男が善人だろうが悪人だろうが、知ったこっちゃない。  私が失踪したら親は困る? そんなわけない。  今は外に出ることが先だ。そこからはあとで考えればいい。 「いい返事だ」  シュウはふっと嬉しそうに笑った。  それはこれまでの飾ったものじゃなくて、自分の望んだものが叶ったときのような、心から喜んでいる笑顔に見えた。
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