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「おや、うまくいったようですね」
火の手が上がったほうを唖然と眺めていると、そこに男性が現れる。
「いや、失敗だ。別人をさらってきちまった」
シュウが親しげに話しているところを見ると知り合いのようだった。どうやらシュウの言っていた仲間の模様。
わざわざこんな崖下に来る人なんていないから、間違いない。
「じゃあ置いていくしかないですね」
「いや、連れていく。これは俺の女だ」
「いつあなたの女になったのよ!!」
説明を黙って見届けようかと思ったけど、急に所有物にされたことに対して、つい叫んでしまう。
「ははっ、気の強いお嬢さんですね」
「そういうことだ」
なぜか微笑む二人。新たに現れた男は、このやりとりだけで納得した模様。
私がゲテモノ扱いでもされたようで、なんか納得いかない……。
「紹介する。こいつの名はファウスト。で、こっちはえーっと……」
「テレジア、よろしく」
やっぱり名前を覚えてない。私は自分から名乗ってファウストと握手を交わす。
こっちの男はシュウとは対照的で、すごく真面目そう。
夜じゃ認識しにくい黒服なのは共通しているけれど、メガネをかけ、きっちりとしたイブニングスーツのような格好だった。
すごく似合っているし、クールで知的な雰囲気は女性からかなり好かれそうだった。
「ではこの事態に乗じて、速やかに引き上げるとしますか」
「ダメよ!」
私は強く拒絶する。
「城で大変なことが起きているの! 助けに行かなきゃ!!」
あそこには妹や両親、そして大勢の配下がいる。自分だけ逃げることなんてできない。
「諦めろ。あの部屋から出たってことは、もう家の事情には関わらないと決めたってことだ」
シュウが言う。
その目は真剣そのもので、何も聞き入れる気はないように見える。
「そうだけど、お父様たちが狙われてるに違いないわ! そんなの放っておけるわけないでしょ!」
「命を狙われるようなことしたから、こうなってるんだ。自業自得だろうし、本人も分かっているはずだ」
父が命を狙われる理由……。
一国の王をやっていればそりゃいろんなところで恨まれる。戦争をやっている国外にはたくさんいるし、戦争で亡くなった自国の遺族も納得いかないことはあると思う。
それに権力が欲しければ、王を倒すのが手っ取り早いというのもある。人の上に立つ者の宿命だ。
「それにもうお前には関係ないことだろ? お前を追いやった奴らを助ける必要なんてない」
シュウの言うことはもっともだ。家庭の事情が嫌で飛び出した人間が、急に家族に心配をして戻ると言っている。
「それとこれとじゃ話が違うでしょ! 肉親の命の危機に小さい恨みごとなんてどうでもいいの! 私一人でも行くわ!」
「待てって。あんた一人で何ができる」
私が行こうとするとシュウに腕を掴まれる。
「それは……」
相手は大勢の武装した兵士たち。対してこっちは丸腰の女一人。できることは何もない。むしろ人質を増やすだけになるかもしれない。
突然のことに取り乱してしまったけど、シュウは嫌がらせを言っているんじゃなくて、私の心配をしてくれていたのだと気づく。
私一人でも無理。シュウと行ったところでも無理。助けるなんて選択肢は存在しないんだ。
「戦えないのは分かってるわ。でも、できることだってあるはず……」
おかしなことを言ってるのは分かってる。たぶんできることなんてない。泣き叫んで終わり。誰も止められない。
……でも、何かしないと落ち着かない。諦めきれない。
そこで命を落としても構わない。むしろ、それが運命だって思える。王室に対して反乱が起きたんだから、両親が死ぬなら自分もそこで死ぬべきなんだ。
怖いけど不安はなくなった。
「はあ……」
シュウが急に大きなため息をはいた。
「意固地だが……そういうところ嫌いじゃないぜ!」
なぜか目を輝かせている。
一方ファウストは「またか」という感じで頭を抱えてしまう。
「できないからって諦める? はっ、やっぱあり得ないよな! いいぞ、その心意気買った! 俺たちが一肌脱ごうじゃないか!」
シュウが一人で盛り上がり始めるので、これには私も圧倒されてしまう。
「二人が戦ってくれるってこと?」
「二人じゃないさ」
シュウがピューと口笛を吹いた。
「きゃっ!?」
突然、目の前に男たちが現れた。
あたかもはじめからそこにいましたって感じで、姿勢を低くして控えている。
「な、なに……」
数は十人ぐらい。全員黒服を着ていて、この暗闇ではすごく見えづらい。もしかしたらホントにはじめからそこにいたのかもしれない。
「あなたたち、何者なの……?」
王女に求婚したり、さらおうとして断崖絶壁を登ったり、急に現れたり。王子とも盗賊とも思えない。どう考えても普通じゃなかった。
「俺たちは忍びだ」
「しのび……?」
「分かりやすく言うと、東洋のアサシンだな」
「ちょ、ちょっと……あなた、何言ってるの? 東洋? ハーシェルの人じゃないの?」
「ああ、あれはウソだ」
「ウソ!?」
「俺は風早秀人(かざはやしゅうと)。扶桑国の王子だ」
すべてがめちゃくちゃで、頭がおかしくなりそうだった。
ずっと変だとは思っていたけれど、国も名前もウソ。どうりで王である父も知らないわけだった。
その上、アサシンで王子だと言うんだから、もう何を信用していいのか、分かったもんじゃない。
「殿、これを」
私が戸惑っている横で、ファウストは体の大きさぐらいあるんじゃないかという、大きな刀をシュウに手渡していた。
今の私に、「どこに隠し持っていたの!?」と突っ込む気力はない。
「おっ、持ってきたのか」
「殿が他国の都市に入って、荒事にならなかったことはございませんので」
「ははっ、違いない! これがなけりゃ始まらねえな!」
東洋の王子がアサシン集団を引き連れて助けてくれる。
力を持ってない私にとっては嬉しい話なのだけど、こんな人たちを頼っていいのかすっごく不安になる。
でも、信じるも信じないもない状況。すぐお城に行って家族の安否を確かめないといけない。
私はシュウを信じると決めた。
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