第一章 未知の星 一 墜落

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 現在は宇宙歴百三十五年。つまり、人類が崩壊した地球を脱出し、巨大な宇宙船の中で漂流する暮らしを始めてから百三十五年の月日が経過したということになる。  宇宙船『イザナミ』は、かつて日本と呼ばれた国の政府が作り上げた船であり、そこで生活している人間の大半は、日本人の子孫にあたる。  百三十五年前に地球から飛び立った宇宙船はイザナミの他にも多数存在し、お互いに通信をしながら適度な距離感を保って航行を続けていた。すべての宇宙船の目的は、第二の地球足り得る、人類が安全に生きていける星を見つけること。  地球生まれの人間は、すでに寿命が尽きて死んでしまった。いまでは宇宙船で生まれ、宇宙船での生活しか知らない人間のみになったが、それぞれの宇宙船に搭載されている完璧なリサイクルシステムのおかげで、人々の暮らしは安定していた。  そんな中で、イザナミの抱える最大の問題は、船の物理的な大きさだった。安定した生活のおかげで市民の数は増加傾向にあり、船にいる人のすべてが余裕を持って生きるには、船は狭すぎた。  長い漂流生活の果てに、人々は船の中で上層と下層に分かれるようになっていた。航行や市民生活に必要不可欠な仕事に就く者が中心に暮らす上層では文化的な生活が約束されていたが、下層は人で溢れかえり、命が軽んじられている。  当然のことだが、イザナミの中にも法律はある。そして、多くの人間が集まって暮らしていれば、法を破る犯罪者が生まれる。  犯したのが軽微な罪であれば、管理部は犯罪者に位置情報を通知するタグをつけ、下層に送るだけでこと足りる。問題があるのは、犯罪者が殺人や傷害などを繰り返す恐れのある危険人物である場合だ。いくら下層と言えども、危険度の高い人間を野放しにしておくことはできない。  地球にいた頃から、人類はすでに死刑制度というものを廃止していた。だが、囚人を収監しておくような余計なスペースは、狭い宇宙船の中には存在しなかった。  そこで、宇宙歴八年より開始されたのが『探索刑』という刑罰だ。  発射型輸送ポッド一機に六人の囚人を乗せ、人類移住の見込みがある星に送り込んで、囚人が生きていけるかどうかを試験的に見極めるのだ。  囚人に未知なる星を探索させるという刑罰であるが、被験者は非協力的な囚人たちである。定期的なレポートなどできるわけもない。そこで、バイタルを常時測定し、データをイザナミに送る『ブリンク』というデバイスが、出発前にすべての囚人の体内に埋め込まれている。イザナミにいる管理者たちは、ブリンクより送られてくるデータで、各星に送り込まれた囚人たちが生きているかどうかを確認している。要は人間版モルモットである。  発射型輸送ポッドとは、イザナミよりポータルを用いて発射され、目的の星に人や物資を届けることのみを目的とした、エンジンを搭載しない輸送機のことだ。もちろん、そのような動力のない機体では、自力でイザナミに戻ることは不可能。  囚人が三年間未知なる星で生き残った場合には、イザナミが星まで生存者を迎えに来ることになっているのだ。  特別な機材もなく人間が三年間も生きながらえることのできる星は、人類の移住先として最有力候補となるためだ。そのような奇跡の星を探索した功績として、生き残った囚人にはすべての罪の恩赦が約束されている。つまり探索刑に処された囚人は、とにかく三年間生き残ることさえできれば、晴れて自由の身となり元の生活に戻ることができる。  しかし、いままで探索刑に処されて生きて帰った者はいない。実質的には、宇宙船から放り出されるだけの死刑となに一つ変わりない刑罰となっていた。
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