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「大変だ。急いで彼を下ろそう。手を貸してくれ」
螺鈿は誰にともなく言うと、真っ先に宙吊りになっている男の元へと走っていった。
堂島とエイタが動く様子はない。アハトは面倒そうに眉を寄せたものの、一度短く息を吐き出すと無言のまま螺鈿に続く。
「おい、君。大丈夫か」
螺鈿が手を伸ばして男の前髪を上げると、血の気を失った顔が露わになる。その顔をちらりと見たアハトには、彼が自分と同年代の男だということがわかった。瞼は下りたまま口が半開きになっているが、その口から息は漏れていない。
ポッドの壁面にベルトでつなぎ留められた男の体へと視線を下ろしたアハトは、男の背中側から白いつなぎに血が滲み出ていることに気がついた。肩に手をかけ、背中側を軽く覗き込んで、男の身に起きた事情を理解する。ポッドがめり込んでいる岩の一部分が、そのまま男の背中に突き刺さっているようだ。
「死んでるな」
アハトはあっさりと言うと、男の体から手を離した。
そのまま歩き出そうとするアハトを、螺鈿が慌てて引き留めようとする。
「待ってくれ、下ろして止血をしたい。まだ間に合うかもしれない」
「この状況で、背中に穴空いてる奴をどうするつもりだ。諦めろ」
「しかし……っ」
アハトはなお言い募ろうとする螺鈿を無視してその場を離れようとしたが、宙吊りになっている男の足元に、ポッドに搭載されていたコンテナがあることに気がついた。その場にしゃがみ込み、コンテナの中身を漁りはじめる。
螺鈿は諦めきれずに再度男へ向き直ったが、男の首筋に手を当てて、しばらく脈を確認すると俯いた。溜息を漏らして踵を返すと、未だ地面にへたり込んだまま放心している吉野の元へ近寄った。
「血が出ている。怪我をしているね? こちらに頭を向けて見せてくれる?」
「え、と。でも」
戸惑う吉野に、螺鈿は力無く微笑む。
「大丈夫、私は医者なんだ」
螺鈿の言葉に吉野は僅かに目を見開いたが、頷きを一つ返すと素直に頭を差し出した。螺鈿は吉野の栗色の髪を慎重な手つきでかき分け傷を探す。
と、そんな二人のやりとりを隣で聞いていた堂島が片眉を上げる。
「ほう? お前は医者なのか。それはいい人材と乗り合わせたものだ。名前は?」
「螺鈿と名乗っている」
「螺鈿? 奇妙な名前だな、聞いたこともない」
「私は下層で働いていたからね。しかし君は、人にものを尋ねるなら、まずは自己紹介から始めたらどうだい」
吉野の頭部を確かめながら、やや刺々しい口調で堂島へ返事をした螺鈿は、次に吉野へ優しく声をかける。
「なにか鋭いものがぶつかったのだろうが、少し切れているだけだ。傷口も綺麗だし、心配ない。傷口の血を拭き取れるガーゼのようなものがあればいいのだがね」
と、ポッドの側から戻ってきたアハトが、螺鈿にボトルと小型のジュラルミンケースを差し出した。
「救急セットがあった。これはアンタが持ってなよ。それと、水」
「ありがとう。助かる」
螺鈿はほっとしたように表情を緩めると、ケースを受け取って早速中に入っているものを確かめ、吉野の傷口に処置を施す。
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