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すぐにエヴァを背後に庇い、腰の剣を抜くクライム。
エヴァは恐怖に怯えながらも吸血鬼の姿を見て驚いた。
「あ……! あの格好……さっき広場にいた大道芸人?」
「……吸血鬼にされたようですね」
また増えてしまったことにクライムはチッと舌打をする。一体いつ誰に変えられたんだ? と疑問に思った。
考えられるのは先程の黒づくめの紳士。
日中に活動しているのがどういう仕組みかはわからないが、奴は恐らく吸血鬼だろう。それもあの街であの格好といったら貴族の可能性も高い。
だが所詮想像に過ぎない。今はまずエヴァを無事に屋敷に届けなければと、目の前の吸血鬼を倒すことに集中した。
「ブラックフォードの娘、連れて行く」
「味見する」
「良い匂い。良い匂い」
先程まで人間だったはずの吸血鬼たちの知能が野良吸血鬼レベルにまで落ちていた。
何かがおかしい。だがそれどころではない。
吸血鬼はクライムの後ろのエヴァ目掛けて一斉に走り出す。
「お嬢様、目をつぶっててください」
そう言って風のように吸血鬼たちへ向かう。
物凄い速さで距離を詰めると、吸血鬼を転ばせてから心臓を一突きし、まずは一匹仕留める。
灰が舞う中次いで二、三匹目の首を飛ばし、胴体の心臓を貫く。
四匹目はエヴァに腕を伸ばしていたのでその腕を真っ二つにし、腹に蹴りをいれてから持っている剣を心臓目掛けて投げ、見事命中させる。
「クライムっ!」
最後の一匹がエヴァの頭を掴み喉に喰らいつこうとしていた。
「お嬢様!」
勢いよく地面を蹴り上げエヴァの元へ飛ぶように向かい腕を伸ばす。
ぐちゃっと鈍い音と痛みがクライムの腕にはしった。
「クライム……っ!」
青い顔をしながら手で口を覆うエヴァ。
彼女を守ることを優先したため吸血鬼に間合いを取る隙を与えてしまった。
すぐに距離を詰めようとした瞬間、ズキン、と大きな頭痛がクライムを襲う。
「クライム!? 大丈夫!?」
(くっ……こんな時に)
今までで一番酷い。ズキン、ズキンと響く痛みがクライムの動きと判断の邪魔をした。
エヴァは泣きながらクライムを庇うように前に立つ。
「お嬢様……! お退きください!」
「いや! だってクライムが死んじゃう!」
見れば、いつの間にか二人を囲う吸血鬼の群れ。
(そんな……!)
さっきまで五人だったのにエヴァの香りに惹かれ次々とやってきたらしい。
クライムの調子も悪く、絶望的な状況だった。
(もう誰も……死なせたくない)
グッと拳に力を入れ、覚悟を決める。
エヴァは自分に向かってくる吸血鬼に叫んだ。
「お願い! 私の血はあげるから……彼には何もしないで! クライムは殺さないで!!」
(私の命はもうどうなってもいい。だからお願い、彼だけは)
クライムの霞む視界には小さく震える背中。
ああ、違う。自分が守られてどうする。
私が――――俺が、お守りしなければ。
ズキンズキンズキンズキン――――。
頭痛が途切れ、赤く染まる。
――――ドクン――――。
ぶわっと噴き出す赤黒い何かが刃となり、エヴァに向かう全ての吸血鬼に襲い掛かる。
それは一瞬の出来事で、エヴァが気が付く頃にはもう辺り一面灰が舞っていた。
あの日と同じ月明かり。逆光を背にした彼、クライム。
その時と違うのは…………。
「う……嘘……」
どしゃ、と落としたのは吸血鬼の亡骸。今しがた首から血を啜っていたそれはすぐに灰になった。
血で染まった口元を拭うクライムの瞳はいつもの金色ではなく――。
「吸血鬼……?」
震える声で口にした言葉。
まさしく彼の瞳は赤く輝いていた。
エヴァの大嫌いな、吸血鬼のように――――。
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