第5話【ダンピール】

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「ダンピール……」  半吸血鬼(ダンピール)。確かに父はそう言った。あまり聞き慣れない名称にエヴァは驚きを隠せない。  人間と吸血鬼のハーフ。言われてみれば確かに存在していても不思議ではないだろう。けれどあまりにも聞く機会がなくてその存在を全く想像出来なかった。   「純潔の吸血鬼に最近咬まれたか?」 「いいえ……野良には噛まれましたが全て殺しています。傷も既に消えました」  そう言って上着を脱いで袖を(まく)り、先日エヴァが治療した箇所と昨晩咬まれていた箇所を晒す。 (う……そ)    傷は跡形もなく消えていた。まるで最初から無かったかのように。 (普通なら治るまでにもっと時間がかかるような深い傷だったはず……)  エヴァが驚愕しているのに対し、エイブラハムは特に驚きもせず「だろうな……」と頭をかく。   「お前は自分がダンピールだとわかっていたんだろう?」  俯いたままクライムは静かに「……はい」と返事をした。 「今朝初めて……理解しました。昨夜は吸血鬼として目覚めた以上、太陽を浴びたらもしかしたら灰になるのではないかと思っていました。しかし……自分の部屋のカーテンから漏れる太陽の熱にも、屋敷に満ちる光も、全てがいつもどおりに感じられました」  それを聞いてエヴァは自分のクライムに対する恐れが間違っていたと自覚する。 (ああ……やっぱり……)  恐れる必要なんてなかったんだ。  彼は何も変わってなんかいない。    「通常、人間を吸血鬼に変異させられる吸血鬼は、生まれながらの吸血鬼、それも始祖に近い存在でなければ成功率は低いと聞く。お前の場合生まれながらのダンピールだから吸血鬼の血が眠っていたんだろう。何らかのきっかけで今回初めて目覚めたが、おそらく失っていた記憶に関係している」 「私もそう考えています」 「ダンピールは世界的に見ても圧倒的に数が少ない。日光耐性も人によるらしいな。人より身体能力に優れ怪我もすぐに治り寿命も長い。人の食事と血があれば生きていけるとな」  人の食事と、血――――。  昨夜のクライムは吸血鬼の血を口にしていたように見えた。  エヴァの血の匂いに当てられ理性を失うこともなく、戦いが終わればいつもどおりのクライムだった。 (じゃあクライムは血を摂取しないといけなくなったこと以外は……今までと変わりないってことなんじゃ……)  エイブラハムは少し考えた後ちら、とエヴァに目をやり再びクライムを静かに見据える。 「クライム。昨晩で記憶は戻ったか?」 「いえ……」 「ではエヴァの血の匂いに当てられないか?」 「…………わかりません。ですが、今は特に何も……」  それから少し言いづらそうに、「昨日無意識に奴らの血を摂取したから……今はまだ喉が渇いていないだけかと」とだけ伝えた。   「なるほどな」  机に戻り素早く何かを書き、ちりりん、とハンドベルを鳴らし執事を呼ぶ。やってきた老執事はその紙を受け取ったあと静かに退室した。  見守っていたエヴァはクライムをクビにする指示か何かをしたんだろうかと青ざめる。  しかしエヴァが喋る前にエイブラハムはクライムに言った。 「お前は今までどおりエヴァの護衛に就いてていい」 「!」 「ただし――」    二人で驚いていると父は続ける。 「今まで以上にオレの団の野良吸血鬼討伐の任に当たれ。エヴァとの距離は今までよりとってもらう」 「お父様……!?」 「エヴァ。クライムは優秀な騎士であることには変わりない。おそらくもっと強くなるだろう。食事の血も正式にこちらから提供するつもりだ。だがな――半分とはいえ吸血鬼。いつお前に牙を向くかわからんのだ」 「…………っ」  何も言い返せなかった。  食事の提供、すなわち共存協定による人間からの血の提供のことだ。  この国の共存協定は【血を提供する代わりに人を襲わず、有事の際は国を守る】というもの。その制度を使い人間の血を合法的に得ることが出来る。 「寛大な恩赦に感謝します。全てそのとおりに」  頭を下げるクライムは、いつものように無表情で淡々としていた。    「クライム……」  元はといえば私のせいなのに……と心苦しい気持ちになる。  クビにされなくて安心だが、専属の護衛騎士から外れるということを意味するのだろう。  自分の血のせいで……吸血鬼を狂わせるから――――。 「執事から人の血を届けさせる。まずは指示があるまで部屋で待機だ」 「御意に」  クライムはそう言って静かに退室した。
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