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クライムは「ああ」と思い出したようにチラシを取り出した。
そこには三日後、城下町で夏の豊穣を予祝する祭りがあること、旅芸人が来ることなどが書かれていた。
「これは……!」
「お嬢様が行きたがっていたお祭りです」
「でも、こんなのどうして……」
だって行ける訳がない。
いくら王都が見える距離に屋敷があっても馬車で片道八時間はかかる。王都には野良吸血鬼を避ける結界はあるが、エヴァを守ってくれる結界はないので宿に泊まることが出来ずその日の内に帰宅しなければいけない。
万が一夜になれば王都には貴族の吸血鬼とそれに管理された吸血鬼が住んでいるのでエヴァを見たら正気を失い襲ってくる可能性があった。
クライムはエヴァの手をそっと握る。
思わず彼を見ると優しく輝く金色がこちらを覗いていた。
「馬車ではなく馬を飛ばせば三時間半程で着けるでしょう。朝早くに出て日が落ちる前に帰ってくれば大丈夫です。なにより、私がお嬢様を全力でお守り致します」
「クライム…………」
(だめ……、違うのクライム。あなたを犠牲にしてまで自由を得たいとは思っていない)
「お嬢様が考えていることはわかります。しかし……貴女が幼い頃から外へ憧れていたのを知っています。それにこの先いつチャンスがあるかわかりません。私が一生お守りすることも出来るか……わかりません」
その言葉にハッとする。
「それは……クライムが私の傍からいなくなってしまうっていう意味? それとも私が他の人と……」
クライムは困った顔をして微笑む。
そのどちらの可能性もある、ということかもしれない。
エヴァは嫌な気持ちになり俯いた。
「私は……もうお母様のように私のせいで誰も死んでほしくないの。だからまた私の我儘で……」
「いいえ」
優しい手つきで顔を上げられる。
「むしろもっと我儘になっていいのです。お嬢様には、自由でいてほしいのです」
「自由……」
本当に、いいのだろうか。
またあの悲劇が起きないとは限らない。
迷っていると、クライムは手を放しいつもの距離をとる。
「まだ時間はあります。行くか行かないかはお嬢様次第です。ただ、もし行くとお決めになりましたら私が全力でお守り致しますのでご安心を」
そう言って礼をし、静かに退室した。
エヴァはただ黙って見つめることしかできなかった。
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