17人が本棚に入れています
本棚に追加
/37ページ
第2話【外への憧れと葛藤】
朝から廊下が騒がしい。
きゃーきゃー黄色い声が上がっている。
(最近雇った若い侍女たちかしら……その内メアリーに注意されそうね)
ぼんやりする頭でそう考えていたら、案の定注意する声が響き渡る。
「静かになさい! まだお嬢様が寝ているのですよ!」
「も……申し訳ありません」
(ほらやっぱり)
エヴァはくすりと笑みを漏らしながら自分付きの侍女の到着を待つ。
「お嬢様ー! おはようございます、朝でございますよー」
ノックをしてから入って来る栗色の髪を一つに結んだ背の高い女性、メアリーは、慣れた様子で室内のカーテンを開けていく。
エヴァは目をぱっちりとさせ起き上がる。
「メアリー、あなたの声も結構響いていたわよ」
「え! ま、まぁなんということでしょう! 申し訳ありません!」
「ふふ、いいの。おかげですぐに目が覚めたわ。私のために注意をしてくれてありがとう」
「聞こえていたのですね。本当に申し訳ありません」
照れながら申し訳なさそうに謝る侍女のメアリー。エヴァより七つ年上の彼女は四年前から仕えてくれている。
ブラックフォード家で女性を雇うのは最低限にとどめられている。エヴァがいることにより常に吸血鬼に狙われる可能性が高く、命の危険があるからだ。
そのため敷地内に従業員用の別邸が用意されており騎士や他の従業員は住み込みで働いてくれる者が多い。
「さっき廊下が騒がしかったのはどうしたの?」
洗顔用の水をセットしているメアリーに、先ほどの黄色い声について尋ねる。
「ああ、それは……――――」
突如、バタン! という大きな音と共に甲高い声が響き渡った。
「エヴァお嬢様ぁ~」
瞬間、メアリーはサッと身を翻し侍女服のスカートの下に隠していたナイフを手に取り、素早く声の主の左胸目掛けて突き刺そうとする。
「メアリー待って!」
ピタ、と止まるナイフ。
「ひっ……!」
甲高い声でエヴァを呼ぶ者は若い侍女だった。真っ青な顔で冷や汗を流し、事の重大さを理解したらしい。
メアリーはため息をひとつ付き、ゆっくりとナイフを下した。
「勝手にお嬢様の部屋に入ってはいけないと注意したはずよね? 次やったら吸血鬼と間違えて殺すよ?」
冷たい目で見下ろすメアリーに更に真っ青になり震える侍女。
「だっ……だってメアリーさんだってすぐ入っていったから……」
「あたしはちゃんとノックをしたし、お嬢様付きの騎士の役割も担っているからそもそも特別なの。気を付けなさい」
「ご、ごめんなさぁ~い」
間延びした声に本当に反省してるのか頭が痛くなるメアリー。エヴァもまた困った顔になる。
「それで? お嬢様にどういった要件ですか? あたしが呼ぶまでドレスの支度はまだのはずですが」
「あ、いぃえ~! クライム様の昨夜のご活躍で盛り上がっていたんでエヴァお嬢様ともお話ししようと思って~」
「クライム?」
それでさっき廊下がうるさかったのかと納得。クライムは若い侍女に人気があるらしい。
エヴァはその昨夜の活躍とやらがどういった内容なのか気になった。
彼はいつも昼はエヴァの護衛、夜は屋敷周辺を巡回しているらしいので、たまに野良吸血鬼を狩るということくらいしか知らない。
浮かれている侍女の様子にメアリーは頭が痛そうにため息をついた。
「時と場所を考えなさい。それに軽々しく主人の部屋に入り軽々しく会話出来ると思わないこと。弁えなさい」
「え~! そんなぁ……」
エヴァはメアリーに嫌な役割ばかりさせて申し訳ないな……と思いながら朝の支度をした。
最初のコメントを投稿しよう!