眠れぬ夜はブラックコーヒーを飲もう

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「お席、ご一緒してもいいですか?」 「席、他にいくらでも空いてますよ?」  店内に他に客は俺しかいない。こんな状況下でわざわざ相席をしたがる理由が、俺には見つからなかった。 「話し相手が欲しいんです。何だか眠れなくて」 「そうでしたか。どうぞ」  俺の言葉を聞いた男性は、嬉しそうに俺の向かいに座った。  間もなく店主が注文を取りにやってきた。すると男性は、チラッと俺の方を見ると、店主に「僕もブラックのアイスコーヒーをお願いします」と言った。  店主は俺の時のように、注文について何かを確認したりはしなかった。男性の纏う異様な雰囲気に、店主も圧倒されていたのだろう。有無も言わせぬオーラが身体中から放たれていて、油断をすると気絶してしまいそうになる。 「眠れないのにブラックコーヒーで良かったんですか?」  意を決して店主の代弁をしてみた。すると男性は、一瞬俺の目をジッと見つめた後に、柔らかい笑みを浮かべながら返事をした。 「『眠れない』というよりも『眠りたくない』の方が正確かもしれません」  男性の言葉に心底驚いた。俺の心情と全く同じだったから。もしかしてこの男性は、俺と同じ事情を抱えているのだろうか? 「何かあったんですか?」 「つまらないことですよ。お兄さんの方こそ何かあったんですか?」 「何か?」 「はい。お兄さんも眠りたくないんでしょう?」  心を見透かされていた。だけど、何故だかそれが嬉しかった。 「嫁に逃げられたんです。一ヶ月ほど前に」  俺は自分の情けない事情を、初対面の男性に打ち明けた。不思議とそうしたくて堪らなくなった。 「……そうでしたか」  目の前の綺麗な顔立ちが、悲痛な形に歪む。こんな表情をさせてしまったことに申し訳なさを覚えた俺は、男性に向かって小さく謝罪した。
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