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「すみません。急にそんなことを打ち明けられても困りますよね?」
「いえ、お辛かったでしょう? 心中お察しいたします」
「正直、今も辛いんですけどね。でも、今お兄さんに打ち明けて少し楽になった気がします。今思うと、誰かに聞いてほしかったのかもしれません」
店主が言っていた『誰かにとっての居場所』という言葉が心に沁みる。
「奇遇ですね。僕も、誰かに話を聞いてもらいたかったんです」
「お兄さんがどんな事情をお抱えか分かりませんが、もし良かったら話してください」
「……たんです」
男性の言葉を上手く聞き取れなかった俺が再度聞き返すと、信じられない言葉が耳に飛び込んできた。
「妻を殺したんです」
「えっ……?」
グラスに残ったアイスコーヒーが、グラスの外側に水滴を作り出している。その水滴の内の一つが下へと垂れて、一本の筋を生み出す。その動きに連動するかのように、背中に冷たい汗が一筋伝う。
「まあ、妻と言っても……」
男性の口から発せられる音に、耳を塞ぎたくなる。
「ダッチワイフなんですけどね」
「…………プッ。あはははは」
男性の思わぬネタバレに、俺は大口を開けて笑ってしまった。
「面白かったでしょう? お兄さんがあまりにも神妙な面持ちだから、こっちが笑いそうになりましたよ」
幼さの残る無邪気な笑みが、先程までこの場に存在していた緊張感をより滑稽なものにさせる。
「いやあ、一本取られましたよ。まさかそう来るとは。これ、お兄さんの鉄板ネタなんですか?」
「いえ、今初出ししました。ついさっきなんですよ。妻を殺しちゃったの」
「お若いから元気なんですね。そんなに激しく使っちゃったんですか?」
「いや、若いと言っても今年で26になりますからね。僕らの世界ではベテランの域ですよ」
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