眠れぬ夜はブラックコーヒーを飲もう

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 青天の霹靂だった。  妻が出ていった。手紙だけ残して。  他に好きな男ができたらしい。前触れもなく。  いや、もしかしたら兆候はあったのかもしれない。俺が気づいていないだけで。  ともかく、俺は独りになった。三年ぶりに。  倦怠期なんてものを実感したことはなかった。本当に妻が出ていくその日まで。いつだって思い出せるのは、妻の眩しい笑顔だった。  一月(ひとつき)が経過した。俺は眠れなくなった。  正確には眠ることを拒絶するようになった。決まって夢に妻が出てきて、泣きながら目覚めるようになったから。  都合よく、自宅の近所に24時間営業のカフェがあった。自宅でブラックコーヒーを飲みながら睡魔と戦うことが日課だったのだが、どうにも妻との想い出が詰まった自宅で起き続けていることに限界を感じていた。  深夜2時にも関わらず、店内は眩しいぐらいに照明が灯っている。店外の暗闇とのコントラストの激しさに、まるで別世界に入り込んだかのような錯覚を覚える。  店内に客は誰もいない。この時間だから当然である。カウンターの奥から店主と思しき男が「お好きな席にどうぞ」とだけ告げる。20代後半から30代前半ぐらいだろうか? 年齢の割に随分と渋い声をしている。  俺は窓際の一番奥のソファー席に腰掛ける。本来は家族連れ用の席と思われるが、一人きりの店内では少々の図々しさも許容されるだろうと計算の上だった。  目論見通り、店主と思しき男はにこやかな表情でこちらに向かってくる。 「ご注文はお決まりですか?」 「ああ、アイスコーヒーのブラックで」  俺が注文を告げると、店主と思しき男が少々意外そうな顔をしている。 「この時間からブラックコーヒーですか?」 「ああ、眠りたくなくてね」 「……左様ですか。かしこまりました。少々お待ちください」  訳ありなことを察してくれたのか、店主と思しき男は、それ以上詮索してくることはなかった。
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