裏方令嬢テルミィの一世一代の交渉

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「──ええ、もちろんよ」  一緒に見てもらえますか?とテルミィが問いかけてから、サフィーネの返答には随分と間があった。  その間が、良くないものだとテルミィは判断する。 「……あの」 「ん?なにかしら?」 「あの、えっと……えっとですね……魔法植物はちょっと奇妙に見えるかもしれませんが、人体には影響ありません。ぜ……絶対に安全です。ほん、本当に……む、無害なんです。命をかけて保証します」  指をこねながら頑張って説明したけれど、納得してもらえただろうか。  サフィーネにリクエストされた紙を食べる植物は、一見、ただのヴィオルナ系と呼ばれる壺型のクレマチスだ。  ただ魔法石によって花の大きさが変わっている。本来なら壺型のクレマチスの花は、小ぶりのイチゴくらいの大きさなのだが、テルミィが錬成したそれは檸檬くらいの大きさだ。  ──なるべく自然界に近い状態にしたんだけど、駄目……だったかな……。  ロスティーニ邸で言われるがまま魔法植物を錬成していた時も、作り直しはしょっちゅうあった。  テルミィにとって魔法植物を錬成するのは息をするのと同じだ。まったく苦ではない。  でも相手の意図を汲み取るのはあまり得意ではなかった。特にすぐに手を挙げる兄に対しては、身体が委縮して頭が真っ白になってしまうのだ。 「も、もう一度作ります。ちゃんと作ります。だから……どうか──」 「ううん、違うっ、違うのよ。テルミィさん」  慌ててテルミィの言葉を遮ったサフィーネは、床に膝を付きテルミィと視線を合わせてから再び口を開く。 「とても神秘的で素敵だったから感動しちゃったの。それでお返事が遅れてしまっただけなのよ」 「これが……神秘的?……素敵?」 「そうよ」  目をキラキラさせながら大きく頷くサフィーネは、まるで少女のようにときめいている。  対してテルミィは口をポカンとあけて、視線をさ迷わせてしまう。  ──素敵とか、奇麗とか……そんな風に言われたことなかった。  魔法植物は高価な金額で取引されることはわかっているけれど、テルミィにとって魔法植物の錬成は、生きていくための手段でしかなかった。人を感動させる要素があるなんて、これまで一度も考えたことがなかったし、そもそもそんな発想すらなかった。 「私なんかが……そんな言葉をもらっていいのかなぁ」  気付けばそんな言葉が口から零れ出ていた。  テルミィを見る三人は困ったように互いに顔を見合わせて、最終的に泣きそうな顔になりながらぎこちなく頷いた。 「ふふっ、ではテルミィさんが作ってくれた魔法植物を拝見させてもらいましょう」  場の空気を変えるようにサフィーネが小さく笑って、ラジェインとルドルクに同意を求める。間髪入れずに二人は鉢植えに足を向けた。   書き損じの手紙は残念ながら無いので白紙の便箋を用意する。テルミィが鉢植えにそれを近付ければ、花びらが大きく開きモシャモシャと咀嚼し始めた。 「もぐもぐしてるわ」 「うむ、してるな」 「旨そうに食うな」  鉢植えを囲んだ三人は、ほぼ同じコメントを呟いた。 「あ、紙はいくらでも食べてくれますが、栄養にはならないので、お日様に当てて、お水もあげてください」  少し離れた場所に移動したテルミィが補足を入れたが、誰からも返事は無い。余談だがハクは現在、壁側にいる執事のディムドにわしゃわしゃと撫でられている。 「素晴らしいわ!」  壺型のクレマチスが便箋を食べ終えると同時にサフィーネは立ち上がりテルミィの元に近づいた。向かい合わせになった途端、テルミィの手を両手でギュッと握った。  白魚のような手の温もりと、顔を輝かせるサフィーネを見て、テルミィはくすぐったい気持ちになる。  これまで数えきれないほど植物を錬成してきたけれど、無事に望むものを造ることができた自分をこんなにも誇らしく思ったことは無い。 「あ、ありがとうございます」 「まぁ、お礼を言うのはわたくしよ。ありがとう。テルミィさん。これで好きなだけお手紙を書き損じれるわ。……実はね、わたくしお手紙を書くのが少し苦手なの」  秘密を打ち明けてくれたサフィーネは「これは二人だけの秘密よ」とテルミィに耳打ちしてから、息子に目を向けた。 「母は合格印を渡しますわ」 「儂も、だ」  すぐさま、うっと苦いものを口にいれたような顔をするルドルクに追い打ちをかける 「息子よ。ほら、さっさとテルミィ嬢に求婚しろ」 「今か?今すぐにか?」 「そうだ」 「待ってください、父上。そんなんでは──」 「黙れ、息子よ。これは当主命令だ」 「……そうきたか」  これにはルドルクも逆らえなかったようで、しぶしぶテルミィの前に立つと床に膝を付いた。次いで義務感丸出しの表情でテルミィの手を取った。 「テルミィ嬢、私と結婚してください」  恐ろしいほどの棒読み。深く刻まれた眉間の皺。  彼がどれほど不本意なのか痛いほど伝わった。けれども、 「はい!ありがとうございます」  掴まれた手とは反対側の手をルドルクの手に重ねてテルミィは即答した。  サムリア領の難攻不落の美男子ルドルク・ニクルはこの時をもって、独身生活に終止符を打った。  加えて、出会いから求婚まで一時間。婚約期間と挙式の準備期間は合わせて8日。  挙式を含めて、計9日と一時間の成婚は、サムリア領での最短記録を更新した。
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