ブラックバード

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 大学生の潮田アケミは、最近人気急上昇中のアイドルグループ「ほいっぷ☆倶楽部」の熱狂的なファンだった。  「ほいっぷ☆倶楽部」は集客数をどんどん伸ばしていて、ライブ後のツーショットチェキも所属事務所が徐々に単価をあげてきていた。  アケミはなるべく多くのライブ現場へ足を運びたかったので、ギリギリまでバイトを多く入れていたが、最近の現場の多さ、次々繰り出されるグッズも推しのMADOKAの物は全部欲しいし、悩ましいところだった。  「ほいっぷ☆倶楽部」のメンバーは8人だったが、それぞれの担当カラーがあり、MADOKAのカラーは「青」であり、グッズも全て青を基調に作成されていたし、MADOKAの誕生日のライブなどは、会場全体が青のキンブレ(ペンライト)で染まっていた。  ライブの日は勿論、アケミは日常のストレスも忘れライブ後のファン交流の飲み会を含めて発散していたが、現場の無い日は「ほいっぷ☆倶楽部」のメンバーそれぞれが、某SNSでさまざまな情報を発信してくれるのを最大の楽しみにしていた。  しかも、そのSNSのアイコンはMADOKAのイメージカラーの「青い鳥」。  アケミの一日の始まりも、一日の終わりも「青い鳥」のアイコンのSNSで「ほいっぷ☆倶楽部」の動向のチェックだったので、「青い鳥」への愛着も並々ならないものがあり、スマホのそのアイコンをタップするごとにアケミは小さな幸せを実感していた。  2023年の夏、全く予想してなかった事態がアケミを襲った。  新たなオーナーがSNSを買い取り、イメージを一新するのにサービスの名称を変えて、「青い鳥」のロゴも変えるというのである。  全く受け入れられる内容ではなかった。「ほいっぷ☆倶楽部」が行ってるSNSはこのサービスだけで、MADOKAのコメントには必ず応援のメッセージを入れて来た。  ごく稀だが「いいね」を本人からもらうこともあり、昇天しそうな喜びをこの「青い鳥」のSNSで得ていたのだ。  それを今更変更だと…!? マジふざけんな!!  同じような感情は他のフォロワーも持ってたらしく、SNSの中ではすぐいくつもトレンド入りして、アケミも気の合うフォロワーとずっとこの不満をぶちまけ合い、SNSの日本法人にも「どうか今のままでいてください」とお願いのコメントを毎日書き込んでいた。  ネットニュースにも、「突然の変更に企業の広報担当も困惑」と見出しにある。 「今回の名称・アイコンの変更は世界の様々な人に迷惑なことなんだ!」  アケミは新オーナーのコメントにも拙い英語で「どうか今のままでお願いします」と懇願のメッセージを送っていた。  発表からしばらくは「青い鳥」も名称も今までのままで、アケミは起きる度に安堵の気持ちでいたが、ついにその日はやってきた。  ある日アケミがスマホのロックを解除して、いつも通り「青い鳥」のアイコンをタップして開いた画面に、真っ黒な新ロゴが眼にとびこんできた。  「く…黒」だと????  アケミの感情の拒否反応が吐き気になるほどこみ上げて来た。 MADOKAは勿論「ほいっぷ☆倶楽部」の8人の担当カラーで「黒」の子は居なかった。  でも、アイコンは確かにまだ「青い鳥」だった。アプリのアップデート時に「黒の」アイコンに代わってしまうのだろう。  「ほいっぷ☆倶楽部」の楽曲は私たちの日常のしんどさを吹き飛ばしてくれる。そんな唯一無二の存在との大事なコミュニケーションツールを、こうも簡単にぶち壊されるとは。  アケミはせめて画面内でカスタマイズできる部分は全て「青」にし、細やかな抵抗をしていた。  そんな瞬間、MADOKAのメッセージがタイムラインに現れた。  「SNSイメージ変わったね。私、グループでは「青」担当だけどシックな色が好きなの。黒カッコいい。凄く気に入った!」  「ウソでしょ…。」  まさかMADOKA本人が今回の変更を気に入ってたとは…。  MADOKA以外の「ほいっぷ☆倶楽部」のメンバーも、数人は似たようなコメントをしている。  言われてみればライブの時の衣装やグッズは完全に「青」だがファンクラブ会報での写真ではMADOKAは黒ベースのシックな服を好んで着ていた。  MADOKAが映っているだけで歓喜していたので、アケミはその事実に全く気付いてなかった。  この部屋中に溢れる青い物たちにアケミは異常に怒りが湧いてきて、生活するのに支障がでるほど部屋の物を破壊していった。  かなり暴れた後、怒りは少しクールダウンした。  今はとても「ほいっぷ☆倶楽部」の曲を聴ける状態じゃないので、FMラジオサイトを再生してスピーカーから聞いていた。  ラジオのパーソナリティは、曲の前に「絵具で黒を作るためには、赤、黄、青をそれぞれ同じ量ずつ混ぜるらしいですよ」という話題をした後、ビートルズの「ブラックバード」を流し始めた。  ポールの歌とアコースティックギターの旋律は、アケミの心を癒してくれた。 「なんかいい曲…。」  冷静になると、今まで「青」に執着し過ぎてたのかもしれない。  アケミは「ほいっぷ☆倶楽部」には存在しないけど、「黒」の色がちょっと好きになっていた。
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