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◇
薄茶色の長い髪に琥珀色の瞳をしたスズランは、シャローラ子爵家の令嬢だ。
スズランの婚約者であるシオンはヴァレンス侯爵家の令息で、二人の婚約は幼い頃に親同士が政略的に決めたものだった。
そんなシオンと初めて会った日のことを、スズランは今でも鮮明に覚えている。
シオンの深い藍色の髪に薄紫の瞳は落ち着いた印象を与え、同い年とは思えないほど大人びていた姿は、一瞬でスズランを魅了した。
「シオン様、お会いできて嬉しいです」
高揚感を抑えきれず、スズランは微笑みながらその時の気持ちを言葉にした。
シオンは目を見開いたかと思うと、スズランから視線を逸らし、「ああ」と素っ気ない一言で会話が終了してしまった。
当時は嫌われたかもしれないと不安に思ったスズランだったが、シオンと何度か過ごしていくうちに、自分を気遣う彼なりの優しさに気づいた。
不器用な部分もあったが、シオンを知っていくうちにスズランは惹かれていった。
シオンもスズランの前では柔らかな表情をするようになり、時折見せる笑顔はスズランの心を掴んで離さない。
シオンとの時間はとても幸せで、貴族が通う今の学園生活も、シオンがいたから毎日が楽しかった。
入学前にスズランが贈った青いピアスをシオンは毎日欠かさずつけ、二人の関係が良好である証となっている。
そんな幸せの最中に、呪いという事件が起きてしまったのだ。
(シオン様が死ぬか私が死ぬか……なんて、答えはわかりきっている)
スズランはこのまま何もせずに死を受け入れる決意したが、突然死んでしまってはシオンや家に迷惑をかけてしまう。
シオンに解呪の条件は伝えず、呪いについて話して婚約破棄を申し出ようとしたが──
「呪いだと? 気持ち悪い。私に移ったらどうするつもりだ」
シオンは呪いの話を聞いた途端、顔色を変えた。
心のどこかで心配してくれるかもと期待していたスズランは、シオンの言葉が胸に鋭く突き刺さる。
呪いは禁忌の術とされ、呪者は処刑されるほど厳しく取り締まっていた。
呪いに関する文献はいくつかあり、一部の書物には『呪いは人に移る』という記載がある。
現在はそれを否定する論文も発表されているが、未だに『呪いは移る』と思っている人も少なくない。
シオンも移ると考えており、スズランが呪いの話をした途端に睨みつけて距離をとった。
「し、シオン様……ご迷惑をおかけして申し訳ありませ」
「そもそも己の不注意で呪いをかけられたのだろう。責任は自分で取れ。私に頼るな」
「そのようなつもりは……」
「二度と私に近づくな」
婚約破棄を申し出ようとしたつもりだったが、頼ってきたと勘違いしたシオンは冷たくあしらい、その場を後にしてしまう。
初めて向けられる冷たい視線はスズランの心を深く抉った。
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