5.城下町

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**** スギナと別れ、店に入って見ればあの赤いドレスの女性がにこりと笑い手を振った。 正面の席に座り、料理を注文すると女性はテーブルに肘をつき頬の横に両手を重ねご機嫌な様子でグレンに話しかけた。 「こんにちわ、赤狼の騎士様。お食事にお誘い頂き感激の至りです」 「ああ、いやあれは俺では...どこかでお会いしましたか?」 今更ではあったが、騎士の格好もしていなければ剣も持っていない自分をなぜこの女性が知っているのかグレンは不思議に思う。王都の警備は無論したことがあるが衛兵のように町中を歩き回ったわけではないからだ。 町娘にしては貴族の着るような上等な服で 他国からの観光客にしては連れがいないのは無用心だし、一人旅の格好でもない。 にこにこ とした表情の女性は髪に着けていた花をとり水の入ったグラスに刺し入れる。 「ええ、知っていますよ。二年前王女様の帰還祝いで警備をしていましたでしょう」 「なるほど、甲冑の中の顔が見える目をしていらっしゃると」 ふいに女性の雰囲気が変わる。 先程まで可愛らしい令嬢のような雰囲気が殺気にも似た鋭く尖ったものへと一瞬で変わった。令嬢の、というよりその周りの空気がというのが正しい。グレン達を囲うように座っていた男達はそれぞれに隠している武器に手を伸ばしていた。スギナが声を掛けた時には いなかった彼らが彼女の護衛であることは瞬時に理解する。 「これは失言。我が国では鉄を纏う習慣がなくて。嫌ですわ、これがほんとのお里が知れるというやつですわね」 ふっと体の力を抜くように女性が笑うと席の回りに座っていた男達が静かに座り直す。 「改めて自己紹介を、わたくし砂の国から来まして」 女性が右手中指にはめていた指輪を抜いて、髪を掻き上げるとアッサムカラーの髪が白銀に。瞳は赤く、肌は褐色に色を変えた。 指輪に込められていた変装用の幻視魔法。 これを使うのは王族しかいない。 「ライラ・シャハラザードです。 気兼ねなくライラとお呼びください。」 「砂の国の王女がなぜこんなところに」 「王といってもうちは民族の長が王と呼ばれるだけでたいして権力者というわけでもありませんのよ。どちらかといえば魔塔に住まうあなたの兄上の方が実権を握っているぐらい」 砂の国は世界屈指の大富豪の一族が治める、魔法大国だ。 植物の育たない砂の大地で、人の魔力も少ないがその分学問として魔力の少ない者が扱える魔法を国民全てに義務教育として行っている。 魔術が自分の体内の魔力を使うのに対し、魔法は女神の祝福である自然のマナを利用する。 自然の理を理解し、数式を学ぶ。言葉によって道具を媒介に魔法を使うのだから繊細な技術と知識が必要になる。この華の国でも街灯や他国への運搬に使われるサカブネ、ハヤウマも砂の国の技術によって作られている。 運ばれて来た料理をグレンは早速口に運ぶ。相手が王族とわかった上で無礼な行いとは思いつつ、次兄と知り合いならさっさと食べて席を外したいと思った。 「次兄の話はやめてください。嫌な思い出が多すぎるので」 思わず食べようとしていた肉を取り零しそうになるグレンにライラは笑い声を上げた。 「本当に嫌われものなのね!あの変人学者(マッドサイエンティスト)」 「嫌いというわけではありませんが、...八つも歳が離れているのでそれほど一緒に過ごしたわけでもないんです。ただ、あの人は研究熱心なので子供の頃から何かと実験に付き合わされたんですよ。むしろ嫌われているのは俺の方だと思ってますが」 ありありと思い出されるのは魔法実験と題して氷の刃で蜂の巣になりかけたり、火炙りにされそうになったこと。 「そうなの?君の事を話す時はなんだかとても優しげな顔をしていたけれど」 「優しげな、ですか?」 「そうよ。遊んでやろうとしては空回り、君を泣かせてばかりいたからきっと自分は嫌われているって、あなたと同じことを言ってたわ。」 ライラは楽しそうに笑いながら運ばれて来た果物を口にする。 「弟想いのお兄さんの顔をしていたわ」 「...。ライラ嬢は兄と親しいのですね」 「そりゃあ、婚約者だからね」 「ぶふっ?!」 思わず口にしていた水を吹き出してしまい、ライラがまた豪快に笑いながらハンカチを差し出す。それを受け取り口に添えるとジャスミンの香りがした。 よく笑い、明るい人柄に先程までの鬱々とした気持ちが少し晴れた気がした。
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