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ともあれ、剣が無いのは何かと不自由で鍛冶屋に行かなければならない。
墓場を後にし、次に向かったのは城下町の鍛冶屋だった。
石積の店内の奥から吹いこの音に合わせ熱気が店先まで流れてくる。鉄を打っているらしくカンカンとリズミカルに甲高い音が響いていた。
「やあやあ!相変わらず穴空きの鍋でも修理してるのかな、忙しそうだねぇ」
スギナが声をかけると奥から顔を火照らせた初老の男性が出てきた。齢60は越えているだろう店主は未だ現役で鉄を打っているらしく肩まで捲り上げた袖から立派な筋肉を出している。
頭は見事に毛がなく、目を保護するためにゴーグルを着けていた。
「うるせえっ!冷やかしならとっとと帰りやがれ!それともその不気味な顔面に鉄ぶっかけてデスマスクでも作ってやろうか、実物より立派な笑顔が出来るだろうよ」
「褒めるなよオヤジ照れるだろう」
「...おめえと会話すると何もしてねえのに疲れるよ。」
呆れた顔をした店主は店先の壺に乱雑に入れられた剣を一本抜いてまじまじと見ているグレンを見つけた。
「おい、これはどうしたことだ!
何で『赤狼』の騎士が一緒なんだ、あっ!まさかてめえっ」
「大丈夫、大丈夫、何も悪いことしてないから。はははっ」
「てめえの悪いの基準はあてにならねえんだ!この間作らせた焼き印だって一体何に使った!」
スギナの首に腕を回し、大声で怒鳴る店主を反射的に見ると、スギナはグレンの視線に気づいて苦笑いした。
「あははは、とりあえずまた早急に打って貰いたいものがあって…」
「...ちょっと来い」
グレンはぐいっとスギナの首根っこを掴むと店の隅まで引っ張っていき乱暴に壁に叩きつける。ガラガラと壁に掛けられていた盾が音を立て床に落ちる。
「お前、奴隷じゃなかったのか」
「嫌だなぁ、私がいつ自分は奴隷でしたなんて言いました?」
「買われたって言ったよな!」
「奴隷として買われたなんて一言もいってませんよ。それにイマドキ奴隷に焼き印やら舌を切るなんてするわけないでしょう。
もしかしてグレン殿、わたくしを憐れんでくださったのですか?」
「っ?!」
グレンが思わず口を閉ざしたのは半分図星だったからだ。人に商品として扱われ、二度と消えない焼き印まで入れられた。最悪舌まで切られると聞けば誰だって憐れみを懐くものだろう。それだけではなくグレンの境遇から思うところがあった。それを知ってか知らずかスギナは追い討ちを掛ける。
「それとも、ご自分と重ねましたか」
グレンは思わず胸ぐらを掴み上げスギナのにやけた笑顔に拳を叩きつけるところだったが店主の怒鳴り声がそれを制した。
「喧嘩するなら表でやってくれ!
騎士の旦那もそいつの言うことなんざ信用するもんじゃねえよ。真に受けたら負けだ。そいつは蛇と一緒で舌を何枚も持っているんだよ。呼吸するように嘘をつく。」
「ひどいなぁ、私の舌はいつでも一枚だよ。それに蛇は古来 神の使いとされていたんだ。」
「そりゃ白蛇だろ。お前はどうみても腹ん中まで真っ黒の悪魔だろうが」
「悪魔ねぇ...」
呟きながらグレンの手を逃れるとスギナは大きく息を吐く。締め上げられた首もとを労るように撫でながらまた怒りの収まらないグレンを見上げた。
「だ、そうですよ。人がいい騎士殿」
スギナのにこりと笑うその顔がグレンには虚勢にも見えてさっきまでの怒りはどこかに消え去ってしまった。
「それで、ですね。腹黒悪魔から金をせしめる一流の武器職人殿にお願いがありまして…」
何事も無かったように店主のいるカウンターへ向かうと何やら注文をしているスギナを尻目にグレンは店を出る。
同じ空気を吸っているとそのうち脳の血管がぶちギレそうな気がしたからだ。
人通りのある商店街はいつも人に溢れていた。客引きの声が響き、自国の人間だけでなく世界中から商人やら観光客が訪れる。
色とりどりの人種が集まる華の都、それが王都だった。
冷静になった頭のグレンが脳裏に浮かべるのは紫陽花宮でのスギナの話。
華やかに彩られたこの王都に、眩しく笑う人々のあの顔にスギナの言う涙は見えない。
この国の悲惨な歴史は確かにあったにせよ、現在は平和そのもののように思えた。
強いて言えば、これから起こるかもしれない嵐をどう防ぐか。この街の人間を守る術を考えなくてはいけないのだろう。
「...だが、なぜあいつはあの庭で嘘がつけたんだ。」
思わず腕組みをしてグレンは頭を捻った。
アルバートが言ったように『忠誠の庭』で嘘を言えばあの庭全体に張り巡らされた魔方陣が発動したはず。実際、花の色が変わるところも嘘をついた者の末路をグレンも見たことがあった。
「それはですね」
「うわっ!」
いつの間に店を出たのか、背後から耳元に囁いたスギナにグレンは声をあげる。
反射的に店先の商品を引き抜こうとしてスギナは両手を上げた。
「落ち着きましょう、ちょっとからかっただけですよ」
「.....お前はいつもそうやって人をおちょくるのか。性根が腐ってやがる」
「楽しい旅になりますね、飽きませんよきっと」
商談が成立したのかご機嫌なスギナは鼻歌を歌いながら歩きだした。その後をあえて距離を開けて歩きだしたグレンだったが、スギナは振り向くとその距離を縮め、話の続きをし出した。
「嘘というのはどうやって判断するのか、邪な心をどうやって知るのか、分かります?」
「...」
スギナは通りすがりに花屋の籠から一本花を抜き、代金としてコインを親指に乗せ弾き飛ばす。くるくると回転しながら宙を舞い、花代としては少々高額な銀貨は花の籠へと入っていった。
「人が人の嘘を見抜くことは出来ますが、それを花や水がどうやって判断するのでしょう。」
赤いガーベラの花を見ながらグレンは少しの間考えてみたが分からなかった。
満開に咲いた花びらを千切り取りスギナは掌を開くとそれを吹き飛ばす。
花びらは風に乗り青い空へと舞っていった。
「息と熱、ですよ」
花びらに誘われるように空を仰いでいたグレンがスギナに視線を戻すとその手には先程のガーベラが咲いていた。
「どうです、うまいでしょう」
まるで手品の種明かしをするかのように、グレンが返事をしなくともスギナは淡々と話を続ける。
「そもそもあの庭に敷かれている魔方陣は花の成長を促すもの。枯れることのないようマナの循環が滞らないように敷かれているものです。嘘を見抜く魔法なんてありませんよ。」
「ではなぜ庭が主人を守る」
「嘘をつく時、やましいことを悟られた時、あるいは勘づかれたかと疑っている時
人は自分では気づかない内に心拍が上がるものです。体温は上がり呼吸は早くなり汗をかく。そして、生き物はみな呼吸をして大気中のマナを取り込みまた体内からマナを吐くのですよ。植物と同じようにね。」
「つまり?」
「つまり、嘘をついた熱い吐息は自らの喉を焼き、急激な環境の変化、温度上昇と多量なマナで花は色づくということです。
只でさえあの庭はマナが濃い。そこに普段入らない者が入り、更に鼓動が早まり唾液や汗などの体液が出ればその者の魔力も放出される。敏感な植物はそれに反応するというだけの話です。
土壌でも酸性とアルカリ性というものがあるでしょ?あの花はその酸性度に合わせて色が変わるのですよ。魔力はいわばアルカリ性ですので。
噴水の水は近づいた者を分別無く襲うというだけでしょう。」
タネが分かればあとは簡単。
と、スギナは道沿いに立っていたきらびやかな赤いドレスを着た女性に近づくと一言囁きその女性に花を渡した。一つグレンが気になったのはその女性が顔を赤らめ花を髪に着けるとグレンを見て慎ましげに笑って手を振ったことだ。
「...お前、あの女性に何て言った」
「美しいお嬢様に騎士様からプレゼントですと、後で食事を一緒にと言付けを頂きました。良かったですね」
「?!...行かないからな」
「ひどい方ですね、レストランで女性を一人待たすなんて男の風上にも置けません」
「お前が行け」
「昼食ぐらい いいでしょう。その間私は娼婦小屋に用があるので、ついて来られても困ります」
「しょっ?!」
「それとも、買います?王都を出たらなかなか女遊びは出来ませんし、どうしてもというなら口利きぐらいしますが」
グレンが慌てて食事に行くと言えばスギナは待ち合わせの店はそこだと指差し教えた。
愉快そうに笑うスギナに眉に皺を寄せたグレンは不愉快そうに話を戻す。
「じゃああの庭での話は全部嘘だったと言うことなんだな」
まるで同情した自分が馬鹿だった。とでも言っているかのようなふてくされた言い草のグレンにスギナは答える。
「さぁて、どうでしょうか」
真っ直ぐ前を見て歩くスギナの顔は張りついた面のように感情が読めない。何を考えて何をしようとしているのかおそらく本人にしかわからないのだろうとグレンはため息をついた。
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