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「......どういうことか今すぐ説明して貰おうか、それかいっそ牢屋に戻るか。
選べ、俺は後者がいいと思うが!」
狭いカウンターの板に拳を叩きつけながらグレンは言った。店中の空気に怒りがピリピリと伝わる。
昼食前に立ち寄った宝石店は商店街の外れにあり、人通りも無く寂れた小さな小屋だった。店内にも何も無く、人ひとり座れるカウンター席にカーテン越しに店主が一人。
嗄れた老婆がまるで占いでもしているかのように座っている。顔を隠すためか端の解れた藁のとんがり帽子に、全ての指に色も形も様々な指輪をはめ、首から下げたネックレスはじゃらじゃらと音を立てる。きらびやかな宝石かと思えばそれらは全て紛い物の石だった。
「静かにしてくださいよ、マダムはこれでも心臓が悪いんですから。ちなみに耳は遠いのでほどほどの声量でお願いします。」
「黙れ盗人が。なぜここにこれがあるのか聞いているんだ」
唯一の椅子に座っているスギナをグレンは上から睨みつけ、もう一度カウンターに置かれたトランクを指差した。
開かれたトランクの中には美しく装飾された首飾り。青光るプラチナがレースのように細やかな花の形を模し、所々に小さな宝石が飾られている。中でも一際大きな黒い宝石が胸元にくるようあしらわれていた。
それは紛れもなく国宝『王妃の首飾り』に見えた。
「流石ですマダム、グレン殿が騙されるのだから誰がみても気づきませんね。」
マダムと呼ばれる女主人に向けスギナは賛美を述べ拍手する。その様子にグレンもそれがレプリカであると気付くと首飾りとマダムを交互に見つめた。
「いやぁ、本物を見たことがある職人はそうそういませんからね、さすがマダムです。無駄に長生きしていませんね!」
「聞こえてるよ小わっぱ。お代は貰ったから満足したならさっさと帰んな」
突然喋り出したかと思えば店主はギロリとスギナを睨む。
「おや、ついに王室の犬になったのかい」
そう言うと隣に立つグレンを見上げにこりと笑う。
「これはこれは若い騎士殿、こいつに何ぞ面倒事に巻き込まれたのですか。可愛そうに」
「いや、そういうわけでは…」
ない と言えないのがグレンの素直な性格が出るところだ。
「しかし、これはいけませんよ。いくら躾のなっていない野良犬だからといって首輪をつけては、せめて信頼を築いてから。互いの了承あってこそ」
そう言うとマダムはスギナに手招きをし首についたコインをじっくりと見つめた。
「追跡魔法と通信用の魔方陣が組まれているね」
「どうだいマダム、外せそうかな」
引き出しから眼鏡を取り出し、コインを皺だらけの指先で撫でながら表裏を交互に見るマダムはしばらく唸った後頷いた。
「なんとかしよう」
「それを外せば裏切りを疑われるぞ。この店に衛兵が送られれば店を潰すことになる。」
グレンが強い口調で言うがマダムは聞こえないふりをしてスギナに背中を向けるよう促した。納得がいかない顔のグレンにスギナは息をつく。
「まあ、信用されていないのは仕方のないことですし信じてほしいなど口が裂けても言いませんけどね。考えがあるので今は静かにお願いしますよ、手元が狂ってうっかり術が発動したらわたしの首だけでなくこの辺の人間がぶっ飛んでしまいますから。」
「...」
「知っていたでしょう?これ、通信式の爆発魔術が組み込まれてる。いつでも殺せるよう着けたのだと」
何を今更。と、今まで何を考えいるのか全く分からないのにこの時はそうスギナの顔に書いてあった。何とも言えないグレンはただ目をそらすことしか出来ない。
「全く、王族という者は酷なことをする」
「聞かれてるよ、マダム。仕方がないさ、彼らは都合のいい手が欲しいだけなのだから。いつでも刈り取れる雑草のような、ね」
スギナという名の意図が伝わったようで何よりだと笑う。
「それにですね、今はコインが使い時なんです。せっかくマダムに作って貰ったこの美しい首飾りを誰の目にも触れさせずしまっておくなんて出来ないでしょう。」
「取れたよ」
マダムがそう言うとスギナは振り返り礼を言うと首飾りの隣にコインを丁寧に置いた。
パタリと閉めたトランクを持ちマダムに墓場で取り出した革袋を渡す。
「猫が来なかった。何か知らないかな」
意味深な物言いにグレンは眉を潜めたがマダムは首を振った。
「いいや。だが梅雨先はまだ見えんね、とんと空は晴れたままだ」
「...わかった。ありがとうマダム。どうかお元気で」
「小わっぱも達者でな。年寄りを追い越すような不躾な真似はするんじゃないよ、そこの若い騎士殿も」
グレンが先程の無礼な物言いを詫びるとマダムは隙間だらけの歯を見せ笑って手を振った。店を出て、先程の商店街まで戻るとスギナは立ち止まる。
「そろそろ昼食の時間ですね、では私は用を済ませてくるのでグレン殿はデートでも楽しんでいてください。」
「そういうわけにもいかない。お前は信用出来ない、居場所を特定することも出来なくなった。」
しかめっ面でそうぼやくグレンはすっかりスギナへの信用を無くしたようで、何がなんでもついてこようとするだろう。
「あはははは、まぁそうですね。しかし怒ると思いますよさっきの女性はかなり感情的な方ですし。」
「お前が勝手に約束したんだ。俺じゃない」
グレンは仁王立ちし、腕を組んだかと思えば怒りの形相でスギナを睨む。
「初めはお前の境遇を憐れんだし、同情もした。だが蓋を開けてみれば口からでまかせばかりで信用など出来たものじゃない。俺の力を奪い、剣を取り上げ、今度は逃げるか。
奪われたまま引き下がるとでも?そうはいくか」
「....なるほど」
スギナは顎に拳を当て少しの間考えてからトランクを持つ掌に拳を落とした。
「では、こうしましよう。あなたがこの荷物全て預かって下さい。先程の首飾り、そして私の荷物両方」
「ただの荷物持ちだろが!」
「いえいえ。首飾りはこれから使う大切なものですし、私の荷物はあなたの命より大事です。」
「今さらりとふざけたこと…」
「ですから、必ず取りに戻ります」
納得する間もなく、グレンはスギナに荷物を持たされことは言うまでもない。
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