6.砂の国の姫

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6.砂の国の姫

ライラが生まれた砂の国は国の大部分が石英の白い砂に埋もれている。 一年中照りつける太陽と素手で触れれば傷だらけになる砂の海に植物も家畜も育たない過酷な環境。唯一人が住む場所が王都アラバスタ。そこは巨大なオアシスであり、霊山デトラからの地下水脈によって生み出された国である。 食糧の大半が隣国の華の国から輸入されているもの。しかし人の住めない環境であるにも関わらず世界屈指の富豪の国といわれるのは植物も育たない理由である大量の砂のおかげであった。石英の砂にはマナが含まれている。それを原料に魔法科学が発展し、その技術を他国に提供している。国民の魔力量は少ないがそれを補う技術が発展した国なのだ。 技術は常に進化する。それを担うのが魔塔技術局の仕事であり、国の要。その局長を務めるのがグレンの次兄であり筆頭魔術師である シリウス・サリバン・ハワードだった。 「あなたの兄は喜んでくれるかしら?」 ガタガタと揺れる馬車、座席に腰かけていたライラは口許に笑みを浮かべ足元に拘束されたまま眠っているグレンを見る。 父と腹違いの兄達が教国へ行っている間華の国で観光がてら婚約者へのお土産を探していたが、まさかの世界会議中に教皇の暗殺未遂が起こり、何かしらの情報を持ち帰らなければと思っていた。 グレンに出会ったのは全くの偶然であったが思いがけずよいお土産を持って帰ることが出来そうだとライラは満足していた。 これであの傲慢な婚約者も少しはこちら側に靡くだろう。ライラの父は紛れもなく現国王であったがライラ自身は継承権を持たない。 継承権を持つ権利は男である兄にしかないが、実兄の次期王位継承の為にもマナの減少で世界が揺れる今魔塔との繋がりは確固たるものにしなければいけない。 その為にあの男との婚約を無理やりこじつけたものの、へんちきな天才魔術師は研究以外に興味をほとんど示さないのだ。贈り物として受け取るのは研究材料になりそうな変わった品物ばかり。いっそ魔獣でも連れ帰った方が喜びそうだが、今回は嗜好を変えてみるのもいいだろうとライラは板張りの床に両手を縛られ横になっている騎士に視線を向ける。 小さくうなり声を上げゆっくりと目蓋を開いたグレンは頭痛でもするのか眉を潜めライラを見上げた。 「気分はどう?ちょっと刺激が強すぎたかしら」 ハンカチに染み込ませたジャスミンの香水は精神安定にもよく効く薬となるが魔法で効果を強めれば強い眠剤になる。原液を使ったのだから数時間は眠るものと思ったが、そこは騎士の端くれというものか。 「...どういうことか説明してもらおうかライラ嬢」 「手荒い歓迎でごめんなさいね、どうしてもあなたを連れて帰りたくなっちゃって」 騎士としての誇りか、こうにも簡単に捕まったことを恥じているらしくグレンは強く床に頭を打ち付ける。 「そうご自分を責めないで。まさかあまりの美貌にナンパした相手がどこぞのお姫様で、そのか弱いお姫様が騎士を気絶させて誘拐する。なんて、誰も思い付いたりしないでしょう?」 「俺がしたわけじゃない」 「あら。...そういえばお連れの方は?」 なぜ今の今まで考えていたのか。その言葉にライラは花をもらった時の様子を思い出し口を閉ざす。 何の躊躇いもなく差し出させた赤い花。 顔は外套でよく見えなかったがあのすらすらと滑るように話す言葉使いに不気味なほどつり上がった口。 あれは見覚えがあった。 もしかしたら、私が誰か分かっていて声をかけたのか。 「...用があったのはあちらでしたのね」 呟いたと同時に馬の嘶きと共に馬車が止まる。 外が急に騒がしくなり、ライラは立ち上がると後方の出入り口にかかった幕を持ち上げる。 「」 「?!」 外には、護衛に取り囲まれながらも優雅にお辞儀をするたった一人の紳士の姿があった。その光景に驚きはしたが、ライラは何より今聞いた言葉に驚愕する。それはある民族と自国の王族にしか伝わらないものだった。 「...」 「」 挨拶を交わすと紳士は細い目でライラの背後に横たわるグレンを見つけ歩み寄る。 護衛は武器を持って牽制していたが主人であるライラが武器を下ろすよう指示を出すとすぐさま馬車の周りに陣を張り、停車中の持ち場についた。 「荷物を引き取りに参りました。 アラバスタ第十二王女、ライラ・シャハラザード姫」 目の前まで来て立ち止まった紳士はもう一度軽く会釈するとライラはまじまじとその姿を見つめて昼間の人物と比べた。 外套で隠れていたせいか猫背で顔もくすんで見えたからか昼間の人物とは背格好がどうにも重ならない。強いて言うならつり上がった口元だけが同一人物だと言っていた。 「あなた、本当に昼間の人なの?別人みたい」 「変装は得意でして。」 「声も違うけど」 そう言われ、スギナはにこりと笑うと声を張り上げた。 「客人に今すぐ飲み物をお出しして! この騎士にもよ。縄をすぐにほどきなさい!」 ライラの声音が周りに響き渡り護衛が慌てて集まった。すぐに馬車に入った一人の兵士はグレンの縄を解く。 護衛がワインとグラス、それにライラの好物である果物まで準備しだしたのでライラは拍手し、スギナを馬車の中に招き入れた。 グレンは相変わらず不機嫌そうな顔で縛られていた手首を軽く擦ると入ってきたスギナを一睨みする。 「デートはいかがでした?」 「とても楽しかったですわ。婚約者にも良い土産話が出来そうです。本当は直接会わせてあげたいと思ったのですけれど、ね」 勧められた正面の席に腰かけるスギナにワイン片手に答えるライラ。二人とは対照的に腸が今にも煮えくり返りそうなグレンはスギナと距離を置きながらも座席に腰かけた。 「会わせるだけでは終わらないからお止めしたのですよ。ライラ嬢」 「ふふ、兄弟揃って私の夫になってくれれば仲良くずっと一緒にいられるでしょ」 その発言にぎょっとするグレンの顔が気に入ったらしくライラは楽しそうにワインを呑んでいる。スギナはというと固まるグレンに砂の国の王族は多重結婚が当たり前だと伝えた。 「現王シャマル三世の妻は七人。息子五人、娘は十七人いますが、王位を継げるのは男児のみ。ライラ姫はシャマル殿下の第二王子の妹君なんですよ。」 つまり、跡継ぎ問題が現在進行中というわけ 「うちは王の一存で次の王が決まるのだけれど、その王がうちの兄を即位させるのは時間の問題ではあるの。けれど王位に就くまでは安心できない。確固たるものにするには家族一丸で支えてあげなきゃでしょ?」 「それで魔塔の主と名高いグレン殿の兄との婚約をこじつけた、と。」 「そういうこと。」 王に何かあった際の影響力をしっかり確保するのがライラの務め。現実、砂の国は魔塔の技術力がなければ成り立たない国であればそこを手中におさめるためならなんでもする。 自分の婚姻でそれが可能なら喜んで結婚するのが王族なのだ。 「といっても私は何かに縛られるのは性に合わないの。中には自分一人のものでいろ、なんて束縛の激しい人もいるけれどあなたの兄はそういったタイプではないでしょう。 互いに自由でいたいからの婚約。」 だから、何の気兼ねもいらないわ。 と、ライラはその真っ赤な瞳で情熱的な眼差しをグレンに向けた。すかさずスギナがグレンに耳打ちする。 「言ったでしょ。彼女は情熱的だと、よっぽど気に入られたんですね。いやぁ、良いですね!麗しき姫君を巡る兄弟の三角関係!これは燃える!いや萌えますね!」 パチパチと拍手するスギナをグレンはまたしても一睨みするとライラに向き直り真剣な顔で断ろうとしたが一気に飲み干しワイングラスを空にした姫はそのグラスをスギナに傾ける。 「それで?あなたはどういったご用件かしら。もちろん、わたくしの頼みも聞いてくださるのよね、荷物はきちんと返したのだから」 荷物とは、自分の事を指しているというのがグレンにとって納得しがたいことだったが直ぐ様返されるスギナの返答には思わず拳を握りしめた。 「いえ、私の荷物は彼に預けていたトランク二つ。返して頂いてよろしいですか? 彼のことは煮るなり焼くなり好きにしてください」 「おいっ!」 「言ったじゃないですか、私の荷物はあなたの命より大事と!騎士なら自分の身くらい自分で守ってください」 平然と言ってのけるスギナにグレンは口を閉ざした。出来るなら数時間前の自分を、懐剣をこいつに渡した自分をぶん殴りたい。いや、いっそ初めてスギナ(こいつ)に会ったときに命令違反だとしても切り殺してやればよかった。とグレンは本気で思う。 加護を失わなければ、剣さえあればこのような失態は起こさなかったと苦汁を飲む。 「ふーん…」 ライラは頬杖をつき二人の様子を少しの間観察しながら護衛を呼ぶと荷物の山からグレンが持っていたトランク二つを取ってこさせた。 「そんなに大切なものなの?」 中身を確認するスギナにライラは興味を持つ。 「ええ、なんといっても華の国の国宝ですから」 「…は?」 一瞬聞き間違えたのかとライラは聞き返したがスギナはそれを丁寧に白手袋をした両手で持ち上げるとライラに言った。 「『王妃の首飾り』これをあなたに買って頂きたいのです」
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