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7. 罠
競売。そう言われれば清廉潔白な紳士淑女は深夜の閉館された劇場に足を向ける。
そこは古い時代から華の国で行われる黒い影。
世にも珍しい商品を扱う裏の商売人達が集まる場所。そして、好奇心旺盛な華の国の貴族達がこぞって自分の家の財力を示す場所。
国営劇場『シャンドフルール』。
街の明かりが消えかける中、この建物の前には人だかりが出来ていた。
普段の競売の十倍近くの客入りにオーナーである中年の男は歓喜のあまり汗をかいた両手を揉みながら宣伝してくれたという紳士に礼をいう。
「いやぁ、この度は貴重な品といいこんなに客を呼び込んでくれてなんとお礼を言ったらよいか。しかしこれ程人が集まるとは、衛兵に来られると厄介です」
「大丈夫ですよ。競売は国の認める商売でありここは国営ですし、手は出せません。
出されて困るのは客も私も同じですからそこは念入りに手を打ってありますよ」
まだ競売の開始時刻には余裕があった。
昨夜と同じ、紳士の格好をしたスギナはステッキを床にうちつけながらオーナーの後に続いて狭い通路を進んでいた。舞台下の通路は衣装や大道具が所狭しと置かれ、何やら仕掛けを動かす装置があちらこちらにある。
「それで、目玉商品の差し替えは大丈夫ですね」
「ええ、ええ。今回はなかなかお目にかかれない魔獣を仕入れることが出来たのでそれを目玉にと思っていたのですが、あんなものを見せられたら魔獣など」
「それで?その魔獣はどこに?」
「こちらに」
オーナーが脂汗をかきながら奥へ奥へと歩いていく。いくつかの扉を通ると舞台関連の品で埋められていた筈の両側が徐々に不気味な商品に変わっていく。
始めは古びた本や宝石の類いだったが、他国でも珍しい鳴き声の鳥や意志があるように動く人形。未来を見せるという呪われた鏡、自分の血を与えることで使役する虫等々。
主に呪具と呼ばれるものが売られているのだから当たり前といえば当たり前だが、ここの商品をあの麗しき令嬢たちが買わないことを切に願う。オーナーが客入りが十倍といったのは、当然カラス達のせいだ。
『鳩の小屋』でレディに伝書鳩を借りた。
鳩達は以前スギナが仕事を受けたご令嬢、ご婦人方に手紙を届けた。それは以下の内容で
『拝啓 麗しきお嬢様。
その後 裏切りによる傷は癒えましたか
涙の跡が消え心の痛みが無くなることを切に祈りますがなかなか難しいでしょう。
そこで、この度国営劇場で開かれる競売にて『真実の愛』という名の首飾りが出品されます。
夜な夜な枕を濡らしたあなたのせめてもの慰めになればと思いご連絡させていただきました。真実の愛を誓った彼の気持ちを確かめる方法の手段の一つとして御活用頂ければ幸いかと。
それでは、
あなたに真実の愛が巡りますように。』
これを読んだ令嬢たちが浮気の罰として婚約者や夫達に許して欲しければ持ってこいと言ったのだろう。
こうして国中の浮気男が保身の為に首飾りを買いに集まることになったのだ。
更にクロウにはカラス達(娼婦)を使って噂を流して貰ったのでこれから女性の心を射止めたい男性もこぞって集まったということだ。
中には自分のお気に入りの男娼に「美しい貴女がつけているところを見てみたい」などと唆され来場したご婦人もいるようだったが、さてさて純粋な価値の知るものがいるのかどうか。スギナが小さく喉を鳴らす音をオーナーは聞くことはなかった。
「...これは?」
ふと、足を止めたのは奴隷の檻だった。
中には五歳から十三歳程の子供が十人ずつ檻に入れられていた。
「口減らしですよ。年々増えていますが何せ買い手がつかなくて困っているんです。
昔なら人の手はいくらあっても足りないのが常でしたが、魔法工学の発展に伴って人手は減らす傾向にありますからね。人手がいる農村部では子供が増えても食わせてやる余裕もないのです。いっそ砂の国まで連れていければよいのですが経費がかかりすぎて」
「そうですか」
狭い檻の中でただ買われるのを待つ子供らは子供の割にはどこか大人びた顔をしている。
夢や希望など子供の特権ともいえる光を見ることなく自分の運命を既に受け入れているようだった。
「さあ、こちらがご所望の魔獣ですよ」
オーナーが更に奥へと歩いて掛けられていた幕を開く。出品した品物の売上の代わりに魔獣を受け取りにきたスギナは部屋に入るなり足を止める。
通された薄暗い部屋にはひっそりと置かれた割に光を放つ柵が存在感を出す大きな檻。その中には暗闇だけがあった。
「忍び寄る影です。」
檻の中に充満する濃い障気を放ちながら闇の中で唸り声を上げる獣は姿が全く見えず、スギナは一歩また一歩と檻へと近づく。
「どうぞ、近くでご覧下さい。この魔獣は影の中に住む獣ですので、強い光を当てれば弱まります。この檻は火の魔方陣が組まれていますのでけして逃げられません。」
「なるほど」
「中に入ってみますか?光を当てればその姿もご覧頂けますよ」
そう言いランタンを手にオーナーは檻を開ける。
光をかざした先から逃げるように影は奥へと引いていった。
「そうですね、是非」
ニコニコと笑うガマのような顔にいい加減嫌気が差していた頃だ。スギナは興味をそそられた客の顔をしながら男の言う通りに檻へと入る。ランタンを受け取ろうと入り口に立っていた男に手を伸ばすと一瞬で光は遠退き金属の音を響かせながら檻が閉まった。
「何のつもりでしょうか」
「いやぁ、今日は本当に素晴らしい夜です。まさかあの『真実の愛』が手に入るとは、夢のようですよ!客の入りも最高ですので、ここは余興も必要かと思いまして!」
「余興ねぇ…」
「魔獣が人を食べる所なんてなかなかお目にかかれないでしょう?それにね、こんな大掛かりで競売をする以上ここで商売はもう無理でしょう。あなたがどこであれを手にいれたのかは聞きたくもないが、今夜は儲けるだけ儲けさせていただいてあとは消えさせて貰いますよ」
「まあ、懸命な判断ですね。それで?いつ私を出してくれるのです?」
「出られませんよ。シャドーキャットは骨も残さない。せいぜい叫び声だけは忘れずに、あなたの生きた証はその断末魔を聞いた観客の脳に焼き付く声だけになるでしょうから」
歯車の動く音が連なり床が上がる。
天井であった板は檻ごと床が上がるにつれ引き戸のように開いた。
まばゆい光は一瞬で、舞台の上に出ると周りを囲むように置かれた座席には既に仮面をつけた観客が所狭しに座っていた。
「これはまた趣味の悪い余興だ」
魔獣を捕まえる度、奴隷の子供を食わせていたのだろう。床が上がる瞬間に見えた子供達の顔は次は自分だと言っているようだった。
「ほら、逃げろ逃げろ!」
「簡単に食われるなよ!」
観客からの野次に加え手鏡でランタンの光を反射させている。光を魔獣に当てて挑発しているようだ。
「バカらしい」
ステッキを肩に当て首を傾ける。準備運動でもしているように見えたのか観客の声は更に大きくなった。
「探しましたよ小猫達。さっさとこの檻から出ましょうか」
闇の中に浮かんだ四つの瞳はスギナに向かって飛びかかった。
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