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競売は過去最高の盛り上がりを見せていた。
次々と飛ぶように売れる品、鳴り止まない値上げを知らせる鐘の音はオーナーである男の胸を踊らせる。
最後の品である首飾りの紹介をした際の観客の声はまさに自分への称賛の声にさえ聞こえたものだ。
「これにて今日の競売は終了致します。このような熱く長き夜をご慧眼なご紳士ご淑女の皆様と過ごせたことは誠に感激の至りでございました。それでは皆様お気をつけてお帰りください」
舞台上で拍手喝采を受けながらお辞儀するオーナーは最後に各品の落札者へ受け渡しの説明をすると舞台を降りた。
スタッフがそれぞれ買い取った客に品を渡している中、オーナーは首飾りの入ったトランクを持って落札した客を案内する。
劇場裏口へ二人の男女を連れて行くと男の方が口を開いた。
「なぜ裏口なんだ」
「品が品ですので安全を考慮してこちらでお渡しした方がよろしいと思いまして」
「大丈夫よ、裏通りに馬車を用意してあるからこのまま帰るわ」
女は満足そうな顔でそう答えると早速トランクを受け取ろうと掌を向ける。
「さすが砂の国の姫君ですな。あんな高額な競売は初めて見ました、感服です。」
ニコニコと愛想笑いを浮かべるオーナーはトランクを前に出しながらも続ける。
「あなたのような高貴な方がわざわざ出向いて手にしようという品ですから、やはりこれは本物なのでしょうか」
「...さぁ、私はただ大切な友人に頼まれただけだから」
そうライラが告げるとオーナーは確信を得たとばかりにトランクを胸に抱く。
白銀の髪に褐色の肌ともなれば砂の国の民なのは明白、落札価格を見れば彼女が王族なのもすぐに分かった。その彼女が友と呼ぶならばそれ相当の人物だろう。例えば、この華の国の王女だとか...。そこまで頭が回ればこの首飾りは紛れもなく本物だとオーナーはつい欲が出る。
これをこのまま渡してしまって良いものか、それこそ王女に献上すれば更なる金貨と名誉を授かる事が出来るかもしれない。
「...これは、」
「どうしました?」
急かすライラの声にオーナーは声を振り上げこう答えようとした。
これは私が王女様にお渡しします!
しかし現実では声は不気味な吐血音が響いただけだった。それこそウシカエルの鳴き声のような恐ろしい音に耳を疑いオーナーはトランクから手を離し自分の喉から突き出した刃を握った。
「?!」
一瞬の事でライラが驚愕するのと同時に隣に立っていたグレンが彼女の肩を引く。
刃が抜かれ血飛沫をだしながら後ずさりするオーナーの横をすり抜け、トランクを受け止めた人影はライラの前に出たグレンに先程オーナーの首を貫いた短剣を同じく突き出した。
人影は外套を着ていたがスギナの動きとは違い単調だった。
突き出した腕を弾き短剣を落とすとグレンはそのままその人物の腹を蹴り飛ばす。
当たった感触もあり、それはよろめいて姿勢を崩したがすぐさま作戦を変えたようだ。
始めはオーナー同様に殺す気だっただろうが、グレン相手に勝てる気を失くしたのだろう外套の下から透明な液体の入った小瓶を取り出すと勢いよく地面に投げつける。
「目を閉じて!閃光瓶よ」
ライラの叫び声と同時に激しい光が周りを包む。グレンは顔を背け片腕で目を庇いつつ、足音の方へ手を伸ばす。
指先に触れた外套を意地でも逃がすまいと掴んだが光が消えると手元に残っていたのは外套のみだった。
「くそ、逃がした」
「何言ってるの、追いかけるわよ」
ライラがそう告げると手にしていた鳥かごのカバーを外す。中には一羽の白い鷹が入っていた。
「あなた馬には乗れるのよね」
何を確認したいのかライラの質問にグレンは頷いて答える。
「じゃあ大丈夫よ」
勢いよくそう言ってライラが鳥かごを開くと鷹は羽ばたき外に出た。
鳥かごに何か仕掛けがあったのか外に出た瞬間に鷹は上空高く飛び上がる。それを指笛を吹いて呼び戻すと得意気にライラは言った。
「町中で乗るにはちょっと不向きなんだけど、これならどこにいても見つけられるわ」
一度の羽ばたきで空高く上昇していた鷹は鳥かごにはけして入りきらない巨大な姿で戻ってきた。突風を起こしながらゆっくりと着地するとライラは難なくその背に股がる。驚いたことにその鷹には手綱と鞍に鐙(座るための装着具)まで着いていた。国外事情に疎いグレンにもそれの名は知っている。
王の鉤爪 。砂の国の王族だけが所有するという巨大な鳥獣だ。
「ほら、早く!」
馬には乗れるが鷹に乗ったことはない。
一瞬気劣りしそうになるグレンはライラの気迫に押されなんとか頷くと鷹の首につけられた手綱を引くライラの後ろに跨がった。
「落ちないようしっかり捕まってて。
飛びなさい、エステル」
白い鷹はライラの呼び掛けに応えふわりと舞い上がると夜空へと羽ばたいた。
地上の建物が玩具のように小さい。
見たことの無い眼下の景色にグレンはライラに話しかけた。。
「これ程高くては標的を見失う」
「建物が突風で壊れていいなら降りるけど?大丈夫、エステルは目がいいの。私達が何を探してるかちゃんと理解してるわ」
夜風が流れる河を船のように進む鷹は水面下の小魚を追うように小さな獲物を捉えていた。
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