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2. 磔の笑顔
乾いた音を立て、テーブルの上に重ねられたのは裸の男女の姿。
互いの視線を重ねて愛の言葉でも囁いているのだろう。それぞれの顔がしっかり写っているものを日付別に数組ずつ広げると手を引いた。
とある邸宅の一室には二人、写真を広げ証拠を掴んだ者とそれを依頼した者。
夜街を明るく照らす黄金色の街灯もゆるりと身を縮める頃にはこういった情緒がよくあるものだ。
熱い口づけをかわす二人が恋人ならよし、けれど燃え上がるは恋心ではなく禁断という名の情熱だった。
「婚約者がいる者同士で密会とは、お盛んなことで」
思わず呟いているのは現在浮気現場を苦々しい顔をしながら見つめているご令嬢。
きらびやかなドレスに似合わず鬼の形相をしている。
「...まあ、婚約というのも本人の意思はないものなのでしょう?」
「勿論ですわ、それでも家同士の契約上過ちは正さなくてはいけません」
無論、恋愛感情など貴族達には愚問であろう。それでも家のため、領民のために尽くさなければならない夫婦にはそれなりに絆が必要だ。
例え割りきった関係とはいえど子供などできればお世継ぎ問題にもなりかねない。
巷で流行っているラブロマンスの影響か身分違いの禁断の恋だの運命の相手だのそういった俗世の誘惑に夢を見るご令嬢は多い。
「何にせよ、報告は以上です。」
早々にテーブルから写真をまとめ封筒にしまうと依頼人である令嬢へ差し出した。
外套を纏ったいかにも怪しげなこの人物、名も知らぬが小柄ながらもその仕草、声の低さからして男だと思っている人物は貴族専門の身辺調査いや、浮気調査専門をしている。
相手が黒ならば確実に証拠をあげてくれ、情報が漏れることもなく更には報酬はガラクタでいいというのだから次々と依頼が舞い込んでいるという。呼び名は『磔の笑顔』
「...本当に、報酬はこれでよろしくて?」
令嬢は家にあった古い指輪を一つ置くと同時に証拠品の入った封筒を手に取る。
深く被ったフードの下からに覗き見える両目は細く、口元は不自然なほど賑やかに笑っている。
「ええ、魔力の果てた宝石。これで結構ですよ」
指輪を嵌めることもなく、輝きを失った小さな石を一瞥すると外套の中へと滑らせた。
一体こんなガラクタを何のために集めているのか。それとも貴族の浮気調査が目的なのか、令嬢はつい尋ねてみたくなる。その答えはいわばお決まりの台詞で、すらすらと口から滑るように流れ出た。
「いえね、知りたくなるじゃありませんか。やれ愛してるなど耳が痛くなるほどよく聞く言葉ですが、目に見えるわけでも触れることが出来るわけでもないのになぜそんなに他人からの愛を欲しがるのか。たった二文字のその言葉に何の意味があるのか。とね」
「顔に似合わずロマンチストなんですのね。その仮面の下の顔をぜひ見てみたいわ」
「生憎、お嬢様のような高貴な方に見せられるような代物ではないのです。業火に焼かれたケモノのようにただれた肌を愛でる趣味がおありならご覧にいれますが」
なんとも言えない顔で愛想笑いを浮かべる令嬢に胸に手を当てお辞儀する。
「それでは、美しいお嬢様に真実の愛が巡ることを祈っております。」
始終表情の変わることはなくにこりと笑う目は細く、つり上がった口角はまるで張り付いた面のような一切の体温を感じない冷たい笑みをしていた。
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