1. 姫と騎士

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1. 姫と騎士

 この世界は女神の愛によって蘇った世界だ。遥か昔、広大な海の上にたった一つしかない超大陸アメイジアは長い歴史の中で幾度と戦争を繰り返し、空は曇り草木は枯れた。流行り病に食糧難、資源の奪い合いに起こったその戦争の勝者は次々に国を飲み込み巨大な一つの帝国となった。 しかし皮肉なことに、数多の国を制した帝国が統一する頃には一年中黒い雨が降り注ぎ、けして止むことはなく 大地を染め生き物が死に絶えたという。 暗黒の時代、最後の帝国オルテゥギア。 滅びゆく世界の中心であるデトラ霊山に女神は舞い降りた。自らの生命の粒子(マナ)を世界に注ぎ、死んだ大地を甦らせた。 『慈愛の女神その祝福』によって雨は止み雲は消え去り、黒く染まった大地が息吹き始めた。 やがてローザ・ブル神殿(女神の泉)があるデトラ霊山から流れる大河に分けられ五つの国と新たに一つの島が生まれた。 デトラ霊山のある教国リト。 女神信仰の国であると同時に世界中にマナの供給を担い、他国をまとめる中立機関を果たしている。 聖デトラ大聖堂。霊山麓の崖に作られた巨大なその城は歴史と共に増築を繰り返し現在教国全土の七割が修道場のリト国には至るところに聖人として各国の王達の彫刻が見られる。世界中から信者達が巡礼に来るが一年に一度秋始めの七日間は聖堂への道は閉ざされる。各国の王族、要人が集まり国の行く末を左右する世界会議(クォバティス)が開かれるためだ。 回廊には各国の兵士が聖人の彫刻のように端々に整列している。 石の国は太陽を信仰している最北の金鉱の地らしく槍を携え黄金の鎧を纏った兵士。 砂の国は月と星を信仰している東の白い砂の灼熱の地らしく、黒いローブに月鎌を両腰に着けた兵士。 聖域であるアネモイ大森林がある西の国は弓が得意とされているが今日は短いマントに短剣を差している。 白帯の銀鎧という教国の聖騎士団と並べばまさに異様な光景だ。 鉄の鎧の胸元にきらびやかな光を放つ石をはめているのは南の国、もっとも女神の恩恵を受けていると言われる魔術の長けた花の国。 多種多様な民が溢れる豊な国だ。 信仰するものが違えど、マナの供給を担う女神を他国もないがしろにすることはない。 むしろマナの供給が無ければ生きてはいけないこの世界でそれぞれが手を取り合って成り立っているのだ。 けして、切れる事のない絆で結ばれた世界。 そう信じる者は少なくない。 回廊を進みながら、長いローブを揺らす。 灰色の髪は年々白く染まり細い足は杖を持たねば心許ない。 御歳86になる老婆には規律乱れぬ若者の姿が目映く希望に満ち溢れているように見えた。 平和と希望に満ちた彼ら歩む道を老いぼれとしては細やかながら照らしてやらねばならない。 「五本指の聖女であり、我が国の女王。 グレイス・マリアンヌ教皇様のご登場」 聖騎士の号令に兵士達が礼を尽くす。 剣を構え忠信を示す者に膝をつく者。 それぞれに会釈を返し、大広間の扉まで従者を従え歩みを進める。古くも重みのある木製の扉を開き大広間へと抜けた。
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