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そのお悩み、いただきます
「おまたせしました。ローズヒップティーとシフォンケーキのセットになります。こちらが先程お話しました茶葉になり、蜂蜜をお好みでかけてお召し上がりください」
「とても甘酸っぱい香りがしますし、シフォンケーキも美味しそうです。いただきます」
「ごゆっくりお寛ぎください」
目の前には赤に少しピンクも入ったビタミンカラーのローズヒップティーと少しバニラが香るシフォンケーキとローズヒップの抽出した茶葉と蜂蜜を四角い木のトレイに並べられていた。
甘酸っぱい香りのローズヒップティーとシンプルなシフォンケーキがとてもよく合い、ローズヒップティーを引き立てている。女性は夢中でこの終わりたくないけど、あの茶葉を早く食べたい衝動と葛藤でいっぱいだった。
最後の一口をいただき、遂に待ち望んだこの茶葉との未知なる出会いに気分が高揚する。蜂蜜をかけて、いざ食べてみると……口いっぱいにローズヒップの香りやフルーツの香りが広がり、少し酸味があるが蜂蜜をかけることでとても食べやすくなっていた。
「ん〜幸せ、なにこれ不思議だわ」
「お気に召しましたか?」
「とっても美味しかったです」
「ローズヒップもカモミールも手軽に入手しやすいのでぜひ、お客様に合ったハーブティーが見つかるといいですね。来店された時よりお顔が明るくなりましたね」
「そうかもしれません、とても満たされました」
彼女はそういうと、飲み終えたティーカップを眺めながら優しく微笑んだ。
店主は飲み終えたお皿やティーセットを下げ、再び彼女の前に立ち、目線を合わせて微笑んだ。
「それでは、最後に当店のサービスとなります。あなたの悩みをいただきます」
「悩みをたべる?」
「今からこの眼帯を解きますので、その目をじっと見つめてください。そして、辛かったことや苦しかったことを思い浮かべてくださいね」
「……はい」
女性は流されるまま、店主の眼帯へ視線を向けた。
「では、そのお悩みをいただきます。私の右目をじっと見つめてください」
店主がするりと何かの紋様が入った黒い眼帯を外した。透き通ったコバルトブルーの色をした綺麗な瞳に吸い込まれていき、女性の意識はだんだん遠のいていくのが分かった。店主は倒れ込む女性を抱えあげた。
「これであなたの悩める種は取り除けました。」
そう言って彼女の視界を遮るように何かを捕まえた仕草をし、その手にあるものは女性からは確認できなかった。
「またのご来店をおまちしております」
「えっお会……」
店主がパチンと指を鳴らした瞬間、女性はパッとマジックのように消えてしまった。
「人間の悩みとは大きさではなく、その人がどれだけ苦しんでいるかなんでしょう」
そう言って右手から黒いひし形のクリスタルのような綺麗な石を出した店主。
少し細身の石をじっくりと見つめて、そのままガリッと食べ始めたのである。まるでチョコレートでも食べてるのかの様に、甘美でたまらない顔をみせていた。
「どん底まで落ちてもいないのに、その苦しみの重さは人によって様々で、その負の感情こそが私の対価に値します」
「にゃ〜」
「ビビ、無事にお客様をお見送りできたんだね、えらいねぇ」
店主はビビの頭をなでた。
ビビも店主もただの黒猫と人ではない。店主はハーブティーをこよなく愛するちょっと変わり者の悪魔である。悩める人々を探し見つけて、使い魔のビビがこの店まで誘導していたのだ。悪魔は人の命や体の一部を対価に、願いを叶えるのが一般的だ。
だが、この変わり者の悪魔は"その人の悩み"を対価に苦しみから解放している。ハーブティーとお茶菓子は完全なこの悪魔の趣味で提供している。
「今日も大変美味な悩み事でした。これだからやめられない!血生臭い事はあまりしたくありませんからね」
次のお客様を迎えるため、片付けをする悪魔の後ろ姿は何とも楽しそうに肩でリズムをとっていた。
ここは、ちょっと変わり者の悪魔が営む美味しいハーブティーとお菓子を提供し、悩み事を食べてくれる小さな喫茶店です。
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