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俺が通う高校の野球部は、各メディアの予想通りに地区予選を突破し、甲子園でも順調に勝ち進んで決勝戦を目前にした。
野球部は甲子園の常連で、中学校時代から親友の佐藤はエースピッチャーだ。どの部活にも入っておらず地味な存在の俺とは違い、佐藤は学内で誰もが知る人気者。もしかしたら国内で一番人気がある高校生かもしれない。ここ最近は、どのメディアも佐藤に関するニュースばかり報道している。
国内外のプロ野球のスカウトが、佐藤のピッチングを見るために毎日のように訪れていた。
うちの高校は、過去に決勝戦までは何度か勝ち進んだことはあるが、優勝したことは一度もない。しかし今年は、『50年に一度の逸材』と言われている佐藤がいるお陰で、余程のアクシデントがない限りは優勝間違いなしと噂されていた。
皆と同じく甲子園近くのホテルに泊まっていた俺のところに、佐藤から「あの、ちょっとロビーに来てくれないか。話があるんだ」と連絡があったのは、決勝戦の日の早朝だった。
「どうした?」
俺はロビーに行き、青ざめた表情の佐藤に訊いた。
「宮本、おはよう。実は…俺、プレッシャーに押しつぶされそうなんだ。うぅっ!」
佐藤は口元を抑えて吐きそうな仕草を見せる。
「おい! 大丈夫か?」
「うぅっぷ、だ、大丈夫」
うーん、変わらないな。佐藤は昔からプレッシャーに弱い。でも、問題ない。こういう事態は予測していた。俺は、考えてきたアイディアを佐藤に言うことにした。
「吐きそうなくらい緊張しているときには、ゲームをやるんだ。きっとリラックスするぞ」
「ゲーム? 悪いけど、したくない。そんな気分じゃないよ。余計に気持ち悪くなりそう」
「いいから、いいから、恐れるな、恐れるな」
俺は、自分のスマホをポチポチっと操作してオススメのゲームアプリを開いた。そのまま、画面を佐藤の目の前まで持っていく。
「まったく、強引な人なんだから。あ、これ野球ゲームね。うーん、ゲームでも野球かぁ」
佐藤は溜息をつく。しかし、俺は確認した。佐藤の目に線香のように細い好奇心が宿っているのを。嫌がってるわりに、「うーん、もう少しプッシュしてくれたら、やってやらんこともないが」と言いたげな眼差しだ。
「オーケイ、佐藤くん! お望み通り、プッシュしてやるぜ!」
俺は、心の中にあるマイクで叫ぶ。何度も繰り返し叫ぶ。
と、そこで「プッシュしてやるぜ!」と思わず声に出してしまった。
「何を?」
「何でもない。心の声が、はみ出してしまっただけだ」
「は? …おい、ひょっとしたら、俺より宮本の方が重症なんじゃないか」
「大丈夫だ。試しに、このゲームをダウンロードして遊んでみろって。無料だから。な?」
「そこまで強く迫られたら…やってみようかな」
「よし、賢い判断だ」
「どれどれ。あ、これだな」
佐藤は、自分のスマホを操作する。
「そうそう」
「よし、ダウンロードしたぜ」
「早速プレイしてみろよ。プレッシャーなんて一瞬で吹き飛んじまうからさ」
「面白そうだな」
この佐藤が発した「面白そうだな」という言葉が恐ろしい事態への入口になるとは、このときの俺は思ってもみなかった。
ゲームをすることでプレッシャーを和らげてくれればいいなぁ、なんて呑気に思いながら、佐藤と別れて自分の部屋に戻ったんだ。
数時間後。俺の部屋をノックする音が聞こえた。
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