雨上がりの奇跡

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 俺は今、決勝戦の舞台である甲子園のマウンドに立っている。誰、この人? みたいな視線が痛い。登板する予定だった佐藤は、ホテルの部屋でゲームに没頭している。  とうとう試合開始だ。第一球目。キャッチャーがサインを出す。俺は必死になってサインを全て暗記した。前方でキャッチャーが出しているサインは内角低めのスライダーのサインだ。それは野球未経験者に出すサインじゃないだろう、と苛立ちながらも頷く。  しかし、全身が緊張で震えてしまい、指一本すら動かせない。しかも、混乱してしまって、試合開始前に必死で覚えたスライダーの投げ方が、記憶から消え去った。これは大ピンチだ。  と、そこで幸運なことに、雨が降り始めた。滝のような雨。プレーが止まる。そして、雨は止む気配を見せずに中断になった。審判に促され、俺とチームメイトたちはベンチに下がる。 「雨よ上がるな! 雨よ上がるな! ずっと降れ! しばらくの間、毎日降れ! 今年の甲子園は二校とも優勝という処理にしましょう。という流れになってくれ!」  ひたすらベンチで祈り続けた。しかし、数十分後に雨は上がり、俺は再びマウンドに向かうことになった。  試合が再開する。雨上がりの空を睨み、大きな舌打ちをして、深呼吸する。キャッチャーがサインを出す。サインは、さっきと同じ内角低めのスライダーだ。  そこで俺は緊張がピークに達した。頭がボーっとして、グラウンドに倒れそうになる。  そのとき、目の前にユニフォームを着ている佐藤の姿が浮かび上がった。ああ、これは佐藤の幻だ。 「おい、宮本! しっかりしろ! お前が投げなきゃ誰が投げるんだ!」  佐藤の幻が、偉そうに言う。 「さ、佐藤…ごめん…無理だよ」  俺は情けない声を出した。 「おい、聞け。無理なんかじゃない。きっと、上手く投げられるさ。自分の才能を信じるんだ。プレッシャーに負けるほど、宮本は弱くないって」 「俺は…弱くない?」 「そうだ。とてつもなく強いぞ」 「強い…」 「ああ。世界でナンバーワンのピッチャーだよ」  佐藤が綺麗な眼差しを向ける。自信と勇気が湧き出る眼差しだ。   「…佐藤、ありがとう。俺、投げるよ」  俺は大きく頷いた。 「よし! 頼むぜ、親友よ!」  すると、佐藤の幻は親指を立てて、足元からジワジワと消えていった。そして、自信と勇気に満ち溢れた俺は、現実の世界に戻る。  それから試合終了まで投げ続けたわけだが、きっと必死に投げていたせいだろう。試合終了までの記憶が抜けている。なぜか俺は完全試合を達成していた。  雨上がりに奇跡が起こったのだ。奇跡? いや、きっと成し遂げるだけの力が秘められていたんだ。だって──  
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