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カイジュウ
「逃げろ。カイジュウだぞ!」
スズは、兄弟と一緒に大急ぎで逃げた。
パニックになって、兄弟の集団からそれてしまった弟の足がすくんで動けなくなっているのを見た。
スズは大急ぎで戻ろうとしたが、他の兄弟に止められた。
弟はカイジュウにつかまってしまった。
『あぁ、きっとこれから切り刻まれたりして、なぶられた後、もう今の弟ではなくなってしまうんだ。』
スズはあきらめの涙を零す。
「鈴?起きな。なんかうなされてるねぇ。」
『あぁ、そうか。私もあの後捕まったんだった。』
兄弟たちは弟がつかまったのを見ると、結局みんなパニックを起こして、散り散りに逃げたのだった。
でも、カイジュウと呼んでいたのは実はニンゲンと言うのだそうだ。
外で産まれた私たち兄弟のような猫を捕まえて、耳をカットして、子供を産めないようにして外に戻された兄弟もいた。と、真理子さんが教えてくれた。
でも、耳カットされている猫は近所のお世話をしてくれるニンゲンがご飯を持ってきてくれるんだって。
きっと外に戻された兄弟もおなかを空かせることはないだろう。
私は鈴と名前をつけられて、真理子さんのお家に引き取られた。
外で産まれた猫たちはカイジュウにつかまると身体を切り刻まれて元には戻れない。と、先輩の外の猫に聞いていたのだけれど、少しだけ違うようだ。
たしかに耳をカットされて、子供を産めなくされてしまった。
でもその後は、私はとても味わった事の無いご飯を貰ったり、フワフワのベッドを貰ったり、退屈な時は真理子さんが遊んでくれたりする。
今日みたいに、昔の事を思い出した夢を見ていると途中で起こしてくれる。
もう、お外には出られないけれど、私はお家の中で満足だ。
ただ、時々あの小さかったころの夢を見る。
どこにも動けなくなったあの恐ろしい感覚。
頭が真っ白になったあの瞬間。
時々、私は真理子さんの背中に爪を立てて、あの時の仕返しをする。
一人暮らしの真理子さんは背中に私がぶら下がると自分では爪を外すことができない。
「キャ~ッ!痛い痛い。降りて~」
と、じたばたしている。
あの時の私たち兄弟のパニックを少しは味わえばいい。
きっと、痛いだろう。私の爪はいつも砥いでいて例え爪を切られても爪の先はいつも鋭くしているのだから。
でも、真理子さんは私の事を本気で怒ったりしない。
やっぱりニンゲンはカイジュウのように強いのだ。と私は思いながら、真理子さんの背中から降りてあげる。
私の兄弟たちがどこかでみんな元気で暮らして、昔の夢を見た時には誰かが起こしてくれるだろうか。
みんなが幸せであればいいと思いながら、私はまたいつものベッドで眠りにつく。
「鈴~。あ~寝ちゃった。うなされない様にいい夢見てね。」
【了】
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