変な客

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   ◇   ◇   ◇ 「いらっしゃいませー」  反射的に声を出した直後、入店してきた人物を見て私は全身を強張らせた。  来た。  自分に向けられる視線から逃れるように顔を伏せ、手元のバーコードを読み込む事に集中する。 「お会計は六三七円になります。ありがとうございましたー」  レジ前の列が途絶えるのを待って、素早く店内に視線を走らせる。いた。お菓子の棚の前に立つ小太りの男。丈の余ったチノも切り替え柄のシャツも中途半端に伸びっぱなしの頭髪も金属フレームの眼鏡も、全てが野暮ったく、清潔感の欠片もない。  ふと目が合いそうになって、慌てて顔を背けると同時に、私は用事を思い出したフリをしてバッグヤードに逃げ込んだ。 「店長、また来ました! あの変な客!」 「変な客? なんだっけそれ?」 「前に言ったじゃないですか。ずっと店の中をうろうろして、ジロジロ見てくる気持ち悪い人」 「ふぅん。どれどれ」  店長はかけていた眼鏡を外して、監視カメラのモニターを覗き込んだ。  小太りの男は雑貨を見、パンコーナーを見、ドリンクコーナーを見たかと思えば再びお菓子に戻りと、店内をぐるぐる回遊しながらしきりに視線を泳がせている。  おそらく私を探しているのだと思う。 「最終的にはちゃんと買い物して帰るんでしょ? 別に悪い事してるわけじゃなさそうだし、放っておくしかないんじゃないの」 「えぇー、でもあんな風にジロジロ見られたら気持ち悪いですよぉ。店長、あの人がいる間だけでもレジ代わってくれませんか?」 「別にいいけど、千紘ちゃんがいないとかえって居座るだけなんじゃないの? さっさと気を済ませて帰ってもらうしかないんじゃないかな」  まるで取り合う気も無そうな店長の反応に苛立ちを覚えるも、ため息をついてレジへと戻る。  店長はいつもこうだ。事務所でパソコンとにらめっこしてばかりで、ほとんどレジに立つ事もなければ、店の中で起きる大小様々な出来事にも関心を持とうとしない。  痩せぎすで、白髪だらけの頭で、背中を丸めてキーボードを叩く様は、妖怪アニメに出て来た小ズルいネズミの妖怪を彷彿とさせた。  頼りには欠けるけど、反面私をはじめアルバイト達は過干渉される事もなく伸び伸びと働けているという利点もある。悪い人ではない。店長を頼った私が馬鹿だったと思い直した。  小太りの男はなかなか買い物を済ませようとはせず、長い時には三十分近くかけて店の中をうろうろと徘徊し続ける。そうして商品を吟味しているフリをしつつ、ずっと私を盗み見てくるのだ。最初は気のせいかと思ったが、今では確信を持って言える。  間違いない、ヤツは私を見てる。 「……まるチキくん、ひとつ下さい」 「まるチキくんですね。ありがとうございます」  今日もニ十分近く居座って、購入したのはいつもと同じホットスナック一つ。半ば呆れながら、平静を装い淡々とケースから商品を取り出す。  その一挙手一投足を、男が見守っているのがわかる。 「お会計は二三〇円です」 「QRコード決済で」  会計している間も、男の視線がジリジリと焼き付くように感じられた。私の顔から首、肩、そして胸元へと目線が下がっていくのがわかる。どこを見ているんだろう、気色悪い。ちらりと相手の目線を盗み見て、私はふと気づいた。  視線の先。私のネームプレート。  小太りの男はじっと左胸のプレートを凝視していた。おそらくは、そこに書かれた氏名を。 「ありがとうございました」  お定まりの挨拶をする私に、小太りの男は口元だけでニヤリと笑い返す。  名前を憶えて、どうする気だろうか。  ネットで検索する? SNSのアカウントでも探す?  薄暗い部屋の中、チキンを齧りながらスマートフォンを操作する小太りの男を想像し、ぞわぞわっと全身に悪寒が走った。
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