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◇ ◇ ◇
アパートの部屋に着くなり、私は膝から崩れ落ちた。
荷物をその場に投げ出し、這うようにしてキッチンへ向かう。コップに注ぐのももどかしく、ペットボトルに直に口を付ける。冷たい水が食道を流れ落ちていく感覚とともに、ようやく落ち着いてきた。
玄関に置きっぱなしのバッグと、帰りに店で買って来たお弁当を取りに戻る。走ったり振り回したりしたせいで、せっかく買ったハンバーグ弁当の中身はぐちゃぐちゃになっていた。
「あんなヤツ……」
見るも無残なお弁当を見ている内に、全身を包んでいた恐怖と入れ違いに、むくむくと怒りがこみ上げてきた。
よく考えてみたら、自分から声を掛けてくるなんていい度胸だ。さんざん人の事をつけ回していた癖に、自分がストーカーの正体だと名乗り出たようなものだ。
あんなキモいヤツに今まで怖がらせられてきたかと思うと、腹立たしいったらありゃしない。
今までは客だと思ってこっちも気を遣っていたけど、そうと分かれば話は早い。明日店長にも説明して、出禁にして貰おう。話が通じないようであれば、警察に通報するしかない。
そう思うとなんだか急にわくわくしてきた。
あんなヤツ、さっさと逮捕されちゃえばいいんだ。そしたら、私は何の憂いもなく平和な日々を取り戻す事ができるんだから。
くよくよしているのが馬鹿馬鹿しくさえ思えてくる。あんな冴えない男に私の大事な日常を乱されてたまるものか! 明日には引導を渡してやるから覚悟しろ!
そのためには腹ごしらえ……の前に、まずはシャワーで汗を流して……と、部屋を見渡し、部屋着が見当たらない事に思い至る。
そうだ、今朝洗濯したんだった。
カーテンと掃き出し窓を開け、物干しにぶら下がった部屋着のスウェットに手を伸ばそうとして――その手が止まった。
靴下やタオル等の洗濯物がぶら下がった物干しハンガーに空いた、不自然な空白が目についた。
「嘘……でしょ」
私は目を疑った。
今朝干した洗濯物の中から、下着だけが忽然と姿を消していた。
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