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◇ ◇ ◇
「車まで追いかけて来ようとするなんて、怖いねぇ」
「私、明日になったらやっぱり警察に言います! あの人、やっぱりおかしい!」
半狂乱で叫んだ途端、スマホが鳴った。
SNSの通知だった。
嫌な予感がして、スマホを立ち上げる。私のアカウント宛に、知らない人からDMが届いていた。
『突然すみません。いつもコンビニでお世話になっている者です。まるチキくんの男です』
「ひっ……」
思わず声をあげて、スマホを落としそうになった。
「ち、千紘ちゃん、どうしたの?」
「さ、さっきの人! DMが……」
「なんだって?」
匿名のアカウントだからバレるはずはないと思っていたのに。
私の名札をじろじろ見ていたあの目を思い出す。名前だけでSNSのアカウントまで特定した⁉ そんな事が……。
あまりの気味悪さに眩暈を覚えつつ、震える指で画面をスクロールさせる。メッセージの続きを表示させ、私は息を呑んだ。
『今すぐその車から降りて下さい! 危険です!!!』
「千紘ちゃん、DMって? なんて書いてあるの?」
「えっ……あっ……」
予想外の文面に、頭の中が真っ白になる。ハンドルを掴みながら、首を伸ばして画面を覗き込もうとする店長から、咄嗟にスマホを背けた。
もう一度、両手で包み込むようにして、スマホの画面を食い入るように見る。
『僕はとある事件の被害者家族から依頼を受けた探偵事務所の者です。単刀直入に言います。あなたと一緒にいる男は、連続ストーカー殺人の犯人の疑いがあります。今すぐ車から降りて下さい! その男は危険です!』
続けて、一枚の画像が送られてきた。
一瞬の間を空けて、読み込んだ画像が表示される。
「…………!」
私は声にならない悲鳴をあげた。
写し出されたのは、私の部屋のベランダだった。どこかからよじ登り、手すりに片足を掛けたまま、洗濯物に手を伸ばそうとする――猫背で痩せぎすで、白髪交じりの頭の――一人の男。
恐る恐る二本の指で画像を拡大する。
その横顔は、間違いなく隣に座る店長のものだった。
どういう事?
あの小太りの男はストーカーじゃない? 探偵? 本当に? 下着泥棒は店長の仕業? じゃあ、今までずっと私をつけ回していたのは……。
背筋に冷たいものが走る。
そういえば……いつの間にか窓の外の景色が見覚えのない田園風景に変わっている事に気づく。一体いつまで走るんだろう。店から私の部屋までなんて、車ならものの数分の距離のはずなのに。店長はどこへ向かっているのだろう。
「店長……あ、あの、ここってどこですか? わ、私の部屋って……」
ごくりと生唾を飲み込み、勇気を振り絞って私は聞いた。声が震えるのはどうしようもなかった。
「あぁ、大丈夫大丈夫。あのストーカーが部屋で待ち伏せでもしてると心配だから、ちょっと遠回りしてるだけだよ。それよりDMってどうしたの? 大丈夫だった?」
「あ……えぇ、はい。私の勘違いだったみたいで」
「それなら良かった。急に変な声出すから、びっくりしちゃったよぉ」
店長はいつものように柔和な笑顔を浮かべた。
車は進路を変える素振りも見せず、町に背を向けたまま走り続ける。
ピコン、と再び通知音が鳴った。
あの男からのDMだった。
『決して山には行かないように。今までの被害者はみんな山で発見されています』
フロントウィンドウの先には、郊外の山々が暗い影となってそびえていた。
近づくにつれてどんどん大きくなるその影は、私には絶望が忍び寄るように見えた。
<了>
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