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体育館に近づくと、甲高いバッシュ音と声援が漏れていた。
その音を聞いていると、昔に戻ったような錯覚に陥る。
中学、高校の時に何度も砂羽の試合には足を運んでいた。
その時のことを思い出し、苦くて甘い気持ちを思い出す。
入り口からひょいと顔だけ入れて館内の雰囲気を確かめると、探すまでもなく目的の人物が視界に入った。
癖の強い柔らかな髪を靡かせながら、透明な滴を乱れ飛ばし
少したれ目の甘ったるい砂糖菓子のような顔は、どこかに忘れてきたようだ。
甘さの欠片もないすっきりとした声で、砂羽は味方に指示を送っている。
――やっべ、超格好いい!!
少女のように胸をときめかせながら、砂羽の姿を懸命に追う。
砂羽が動くたびに汗が飛び、鍛えられた腹筋がちらりとシャツの隙間から見え隠れするのを口元に手を当てて視線をそらす。
――なんか、勃ちそう……。
先ほどまで穢れのない目で砂羽を見つめていたはずなのに、頭は既に違う方向へシフトしている。
最近ずっと我慢しているからか、すぐに反応しそうで直視できない。
――会いたくて見に来たのに、何してんだか……。
そうは思うが、見ているだけでこの前のことを思い出して、頭も心もパンクしそうだ。
小学校から高校まで区のバスケットチームに所属していた砂羽は、動きが他の奴らとは大分異なる。
バスケが上手いというだけで目立つのに、それ以上に見た目が派手で女子の目を釘付けにしていた。
区の体育館なんて素人の集まりでしかないから、試合が面白いわけではない。
ほとんど砂羽の独壇場で、かき集められた年齢差のあるメンバーではチームワークもほとんどないお遊びのようなもんだ。
そんな状況でも、こんなくそ暑いのに女子のギャラリーがあるのは、砂羽目当てとしか思えない。
それは昔から変わってないし、今更驚きもしない。
だけど、手に持ったタオルとペットボトルを見て、苦笑いがもれた。
――これ、無駄になっちゃったな……。
これだけいれば砂羽に差し入れをする女子もきっといて、俺の出番はない。
仕方なくペットボトルの蓋を開けて、あまり乾いてもいない胃に無理やり押し込みながら、まっすぐに砂羽のことを見つめる。
長年バスケに精通している砂羽だが、素人相手でも容赦はない。
隙だらけのドリブルから軽々とボールを奪い取ると、反撃開始。
砂羽がボールを取っただけでギャラリーからは歓声が上がり、相手チームからは悲痛の声が上がる。
少し腰を落とすと、手首を滑らかに使い、その場でリズミカルにドリブルを始めた。
そのドリブルがどんどん速くなり、床を大きく振動させる。
振動がコート外にいる俺の体にも伝わり、ドクンと心臓を熱くさせた。
ボールがまるで操り人形のように、砂羽の下で軽やかに踊っている。
ぴょんぴょん元気よく跳ねながら、誰にも触れられることがないまま、リングをするりと通り抜ける。
その直後ブザーが鳴り、大差で砂羽のチームが勝利する。
味方チームとハイタッチで喜びを表す砂羽の横顔を見つめて、俺はその横顔を飽きることなく見惚れ続ける。
すでにぬるくなったペットボトルを片手に、持て余したタオルをぶらぶらと揺らしていると、何人かが俺の横を通り過ぎていく。
その中に砂羽の姿はもちろんなく、女子からタオルやお菓子や飲み物を受け取っている姿がギャラリーの隙間から垣間見えた。
――あー……やっぱり。
行き場のなくした両手の荷物をどうしようかと思っていると、砂羽がふと顔をあげた。
どういう顔で見たらいいのか分からずに、俺はそのまま体育館を後にする。
自転車のかごに2本のペットボトルとタオルを転がし、ペダルに脚をかける。
すると……
「ヒナ!」
俺を呼ぶ聞き慣れたよく通る声に顔を向けると、小走りでこちらに近づいてくる砂羽の姿がある。
しかも、両手にはたくさんの貢物を抱えていて、随分走りにくそうだ。
「……砂羽。」
声をかけられたのに逃げる訳にも行かず、自転車に跨ったまま砂羽が近づくのを待つ。
「何、してんの?」
少し息が上がった砂羽にそう尋ねられて、なんて答えていいのか少し戸惑う。
会いたかったから……
そんなことは言える訳もなく、かごに転がったタオルを見て、言い訳を思いついた。
「かーさんに家から追い出されて。」
俺がぽつりとそう言うと、砂羽が優しい笑みで俺を見つめる。
「ってゆーか、来てるなら声かけてよ。いきなりいたらびっくるするじゃん。」
「いや、忙しそうだったし……。」
そう言い淀んで砂羽の腕の中を見つめると、砂羽も自分の腕を見下ろして微妙な顔をしている。
俺も砂羽もなんて言葉を繋げていいのかも分からず、間の抜けた時間を持て余していると
砂羽が俺のかごに目を向けて、荷物を片手で抱え込みながら、タオルに手を伸ばす。
「これ、俺用じゃないの?」
タオルを肩にかけ、ペットボトルを手に取り、その代わりに抱え込んでいた荷物を俺のかごの中にどさっと入れる。
「もう、ぬるいし……他にも貰ってんだろ?ほら、女子こっち見てる。行ってあげれば?」
そう促しても、砂羽は特に気にした様子もなく、肩にかけたタオルで汗を拭う。
「少し、身体動かしたかっただけだから……。」
いつも女子に優しい砂羽の態度にらしくなさを感じながらも、俺が持ってきたぬるくなったペットボトルを美味そうに飲む姿に、なんだか嬉しくなった。
「少し待てる?荷物とってくるから。」
「え?」
「一緒に帰ろ?」
いつもの甘い笑顔でそう誘われ、先ほどまでの気まずさなど吹っ飛んで、俺はこくこくと何度も頷いていた。
その俺の髪をくしゃりと撫でると、すぐ戻るという言葉を残して館内に向かう背中を見つめる。
砂羽に触れられた髪を指先でつまみながら、甘い感情で心を浸した。
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