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料理の基本をネットで検索し、飯のとぎ方から出汁のとり方まで一通りを目を通す。
そのあと洗濯のやり方もついでに調べていると、俺の失敗の理由がはっきりと記載されていた。
最初っから調べながらやればよかったと若干後悔をしながらも、画付きで載っているから超初心者の俺でも理解できる。
とりあえずこれでご飯と味噌汁は失敗しないだろうと意気込んでいると、先に風呂を済ませた相葉が俺のスマホをひょいと覗いてきた。
「何、見てんだ?」
濡れた髪をかき上げながら、ベッドで寝転んでいた俺の隣に腰をかける。
パンツとしか身に着けていない相葉の姿に、昨日の風呂場での事を思い出してしまう。
「飯の炊き方とか……。」
やらしいことを頭から払拭させるように首を振り、視線をスマホの画面に集中させる。
「意外に真面目だな?」
「今日みたいなの明日も食うの嫌だし、せっかく食うなら美味いほうがいいじゃん。」
「相変わらずがっついてんな。」
微笑む横顔を見上げると、俺の頭をぽんぽんと軽く触れる。
髪を触るのが癖なのか、単なる子供扱いなのかは定かではないが……
リビングに向かう背中に声をかけた。
「そういえば、相葉って嫌いなもの何?」
「甘いもん。」
好き嫌いくらいは把握しておこうと投げかけた問いに、相葉ははっきりと即答する。
それに苦笑いを返しながら、質問を続けた。
「じゃあ、好きなものは?」
「特にねえな……。」
食に興味がないのか、俺の質問に不思議そうな顔を向ける。
相葉の低音だと少し聞き取りにくく、俺も相葉の背中を追ってリビングに向かった。
「じゃあ、じゃあ!誕生日とかいつも何食ってた?」
「は?なんで誕生日?」
「ほら、お祝いすんだろ?」
「さあ?してもらった覚えはねぇけど……。」
しばらく思案してからそう言うと、机に腰をかけてごくごくとミネラルウォーターを飲んでいる。
くっきりとした喉仏が上下するのを見つめながら、相葉の姿をじっと見つめる。
こんな広い家に1人で住んで、高そうなハーレーや車まで持っていて、身に着けているものに安物はひとつもない。
人が羨むようなものをたくさん持っているのに、誕生日のひとつも祝ってもらえないのか?
――こいつの家族って、どんな人たちなんだろう?
その疑問がぽつんと浮かぶ。
「もしかして、実はすげえ貧乏とか?」
「普通だと思うけど?」
俺のことを失礼な奴だとでも思ったのか、若干機嫌が悪そうに煙草を口に銜える。
「……それで、誕生日パーティーとかないの?」
「うちは両親とも働いてるから。」
紫煙が換気扇の中に吸い込まれていくのを見つめながら、相葉がすごく遠くに感じる。
寂しいなんて考えたことがないと言っていた相葉の言葉を思い出して、なんだか俺の方が寂しくなる。
それは、今までずっと寂しかったから……その感覚すら薄れているようにも思えたから。
「でも、彼女に祝ってもらったりとかさ?」
「彼女?」
驚いたような表情で俺を見ると、喉の奥で笑いながら煙をはきだす。
ゆらゆらと揺れる紫煙の中では、相葉の表情がよく見えない。
「彼女いないの?」
「ああ。いたことねぇな……。」
煙草を灰皿に押し付けると「それがどーした?」とばかりに、不思議そうに俺を見ている。
「も、も、も……もしかして童貞っ!?」
興奮のせいでどもりながらそう言うと、不機嫌そうに俺の隣にどすんと腰をおろす。
「お前と一緒にすんな。」
そうはっきりと口にすると、俺の右頬をぎりぎりと引っ張る。
「俺はゲイネコだし、相葉とは立場が違うだろーが……。」
引っ張られた頬を撫でながら相葉を見ると、相葉は呆れた顔でぽつりと話し始める。
「別にそんなのいなくても、抱けって言われたら普通に抱くだろ。」
「なに、その受動的なセックス……。」
信じられないと思いながら相葉を見ると、相葉はお前がおかしいという目で俺を見ている。
女のプライドを捨てて誘わせておいて、喰った後には即バイバイなんて……
女からしたら詐欺みたいなもんだ。
「相手に合わせるのは面倒だし、自分の時間を邪魔されずに済む。」
「え?」
――面倒くさいって、何……?
淡々とそう話す相葉には、悪気というものがない。
だからこそ、もっと悪いようにも思えた。
「好きな人は?」
「は?」
「好きな人、今までいた?」
「だから、なんでそんなことをいちいち聞く?」
面倒くさそうに眉間に皺を寄せ、大きなため息をつきながら俺のことをじろりと睨む。
「だって、好きな人いたら……面倒とか邪魔なんて、そんな風に思わなくなると思ったから。」
好きな人に面倒だとか邪魔だとか、自分の感情をそんな風に思われたらすごく寂しい。
そんな俺の思いなんてすべて無視し、相葉は前を向いたまま辛辣な言葉で突き放す。
「片岡のおもちゃのお前に、ごちゃごちゃ言われたくねえ。」
今1番気にしていることを深く抉られた気がして、言葉に詰まる。
俺がどういう気持ちでセフレになっているのかとか、好きな人に遊びで抱かれるのがどういう気持ちなのかとか……
人の感情を踏みつけることが平気で出来る相葉の言葉に、昔のことを思い出す。
――やっぱり、こいつは……昔から何も変わってない。
「砂羽はノンケなのに、俺としてくれるんだから……それでいいんだ。」
今は砂羽のことをわざと考えないようにしていたのに、相葉のせいで色んな感情がごちゃ混ぜになって溢れてくる。
ずっとこのままでいいなんて、俺だって思ってない。
最終的には砂羽と別れなくちゃいけないことも、遊びの関係なんてすぐに破綻することも分かってる。
分かってるけど、その時間を少しでも遅らせたいと思って必死なのに……。
未来を見たら終わる日が視線の先にちらついてしまうから、未来には目を向けずに今ここにある幸せだけに浸っていたいだけなのに……それがそんなに悪いことなのか?
――どうせいつかは目は覚めるのだから、少しくらいいい夢を見たっていいじゃないのか?
「それでいいって思ってねえから、お前はここにいんだろ?」
「え?」
相葉の言葉に顔をあげると、俺を見下ろす鋭い視線に再び俯く。
「人のことごちゃごちゃ首突っ込む暇あんなら、自分のことちゃんと考えろ。んなうじうじされたら、こっちが迷惑だ。」
吐き捨てるようにそう言われて、ぐつぐつと腹の中に溜まっていたものが一気に口から溢れてきた。
「……ここにいられるのが迷惑なら、最初から連れてこなきゃいいじゃん。」
「は?」
「帰る。」
そう言って立ち上がり、大した荷物もないが、がさごそと片づけ始めていると……
その様子をただ見ていた相葉にぽつりと言われた。
「電車ねえぞ?」
「……歩いて帰るし。」
たとえ何時間かかろうが、ここにいるよりは歩いてでも家に帰った方がましだ。
人の傷口に塩を塗るやり方しかしらない相葉と、そもそも一緒に過ごすこと自体が間違っていたんだ。
もともと性格も全然違うし、中学時代は散々虐めれてきたし、お互い嫌ってる者同士がうまくやれるわけがない。
さっさと荷物をまとめて、玄関の扉を開けると……
その扉を相葉によって閉められる。
「だめだ。」
はっきりとそう口にし、俺のことを睨むような目つきで威圧してくる。
「なんでお前にいちいちそんなこと決められなくちゃいけねえんだよ?俺の自由じゃん!」
「お前に選択の自由はねえよ。」
「は?」
俺のことを荷物のように肩に抱え上げ、無理やり部屋の中に引っ張り込むと、そのままベッドに投げ飛ばされる。
スプリングが大きく波打ち、柔らかな布団のせいでどこも痛くはないが……相葉にそんなことをされる覚えがない。
「何、すんだよ?」
思い切り睨みつけると、相葉もベッドに乗り上げてきた。
肌に突き刺さるような鋭い眼で睨まれ、思わずじりじりと尻で後ずさる。
どう対処していいのか分からず、なにやらひどく怒った様子の相葉の感情の起伏が理解できない。
「……何?」
今は怒りよりも、困惑の方が強い。
これから何かひどいことをされるんじゃないかと身体を強張らせていると、相葉の手が俺の方に伸びてきた。
殴られるのかと思って反射的に強く目を閉じると、深いため息がおちてくる。
「……別に、殴らねえよ。」
呆れたような声に片目を開けると、圧し掛かるように抱きしめられた。
「ここで大人しく寝てろ。」
「だから、帰るって言ってんじゃん!」
「俺はだめだって言ってる。」
「はあ?」
「逃げたら捕まえに行くから。」
「なんだ、それ?」
俺の首に顔を伏せているせいで、相葉の顔色など窺い知ることは出来ない。
痛いくらいに抱きしめられたせいでひどく息苦しいのに、背中を叩こうが引っ張ろうがびくともしない。
石のように固まっている相葉相手に、俺は大きなため息をついてベッドに深く背中を預けた。
「相葉?おい、重いんだけど。」
「……。」
「苦しいってば!」
「……。」
「暑くて寝られない。」
「……。」
俺の文句などすべて無視し、ただ強く抱きしめられる。
砂羽に抱きしめれる時のような切なさや愛しさはなく、かといって透さんに抱きしめれている時のような安心感もない。
息苦しい程に抱きしめられ、ぴったりと重なった肌から相葉の体温を感じる。
ため息のような息遣いが耳元で聞こえて、帰るのは諦めてでかい背中に手を伸ばす。
くすぐったいような甘い吐息を耳に感じながら、俺は仕方なく目を閉じた。
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