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サボカフェを後にして、結局友達も捉まらなかった俺は、出来たばかりの店に足を向けた。
小さめの店内はなぜか超満員で、奥のソファ席は大きな一つの黒い生き物のように見える。
その光景を見て、すぐに帰ろうかと背を向けると、黒い塊の中から声がした。
「一緒に飲まない?」
その透き通るような声の主へ顔を向けると、柔らかな笑顔でこちらに近づいてくる男と視線が交わる。
最初、俺に向けられた言葉だとは思わなかった。
たくさんの男がいるはずだが、背景に焦点が定まらない。
柔らかな笑みを浮かべた男にだけ光が当たっているかのようで、薄暗い店内がそこだけ明るく見えた。
――俺の聞き間違えか、幻か……?
そもそも男とは面識がなかったし、その男が俺を誘うとは到底思えない。
柔らかな栗色の髪には透明感がある。
少し長めの前髪から覗く瞳は優し気で、照明のせいか茶色がかっていた。
肌は透き通るように白く、俺と同じ黄色人種だとは思えない。
――すげえ、綺麗。
それが、男の第一印象だ。
俺よりも身長は少し高めで、細身というよりも華奢。
この界隈でお姉さまも男の娘も散々見たことがあるが……本当に、同じ男なのだろうか?
そう見紛うくらい男は綺麗で、儚げだった。
まるで西洋の絵画から浮き出たような美しさで、この世の人間とは思えない程、恐ろしく顔が整っている。
しかし、V字に大きく開いた胸元には生々しい赤い印がついているのを見つけて、現実の人間なのだと理解した。
「一緒に飲もうよ。」
そう言って微笑みながら、俺に向かって天使が手を伸ばした。
***
男に誘われるままに酒を頼み、聞かれたことには素直に答えた。
名前を透というその男は、とても居心地のいい男だった。
なぜここに来たのか、なぜ一人なのか、年はいくつか、経験はあるのか……世間話からセクシャルな話題まで。
何を答えてもキレイに微笑んで、下世話な話題でもいやらしさを感じない。
砂羽の話もいろいろ聞かれて、愚痴も泣き言もすべて包みこみ、女性のように綺麗な手で頭を優しく撫でてくれた。
そして柔らかく、少し高めの声で同じ言葉を繰り返した。
「そっか。よく頑張ったね。」
子供扱いされているのは百も承知で、俺がべそべそと泣き出すと、優しく背中を撫でてくれる。
その手の暖かさがとても心地よくて、華奢な肩に頭を預けてしばらく目を閉じた。
透は歌うように何かを口ずさんでいたが、アルコールに漬かった頭ではその半分も理解が出来ない。
何杯目の酒か分からなくなってきたところで、だんだんと瞼が開かなくなってくる。
急に尿意を催し、ふわふわと覚束ない足取りでトイレへと向かうと……個室は満室になっていた。
少し大きめのBGMに負けないような声と音が耳奥に届き、頭蓋骨を大きく揺さぶる。
その聞き慣れた音は聞こえないふりをして、さっさと用を足す。
洗面台に寄りかかりながら酒の余韻に浸っていると、蛇口の脇にある大量のコンドームに気が付いた。
そのひとつをなんとなく指でつまむと、個室にいた男2人が姿を現した。
乱れた衣服を整えながら手を洗う男と鏡越しに目が合って、気まずく感じながら視線を落とす。
手の中に握ったコンドームは行き場に困り、仕方なくポケットに隠すと、男のうちの1人はさっさとトイレを後にする。
その背中をぼんやりと見送りながら、軽く口と顔を洗うと、少しだけ視界が開けた気がした。
――気持ち悪。さすがに、飲みすぎたかも……。
そう思いながら鏡の中の自分を見つめると、まだ俺を見つめる視線を感じた。
――1回じゃ満足出来なかったのかよ……。
そんなことを思いながら男を直接見てみたが、超絶美人と酒を飲んでいるせいか、歪んだ視界のせいか、随分不男に映る。
その男の唇の端が上がるのを見て、さっさと手を乾かして男の背を素通りする。
背中に声をかけられた気がしたが、聞こえないふりをして、ゆらゆらと揺れる床をゆっくりと歩いた。
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