片思いの曲がり角

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その日の夕方には相葉の熱が引き、2人で夕飯のうどんを啜っていると…… 俺のスマホがテーブルを小刻みに揺らす。 誰から掛かってきたかはすぐに察しがついたが、出たくはない。 そのまま無視していると、相葉がスマホをちらりと見てから俺に視線を投げる。 「片岡か?」 「……分かんない。」 ディスプレイを見ていないから誰からかは分からないが、十中八九……砂羽だと思う。 いつまで経っても電話を折り返さない俺に業を煮やしての行動だと思うが、それでも俺は出たくない。 感情に任せてひどいことを言ってしまいそうだったし、その結果として得られるものに後悔をしてしまいそうだったから。 それに、砂羽が陽菜季としていたからといって、俺は文句を言える立場ではない。 どちかといえば、邪魔したことを詫びるべきだったし、そろそろ引くべきなんだということも頭に浮かぶ。 でも、なかなか砂羽のことを諦める決心が出来ない。 しばらく無視していると、振動がおさまりホッとした。 しかし、その後すぐに、スマホが再びテーブルを揺らす。 気になるなら電源を切ってしまえばいいのに、それすら出来ずにグダグダしているのは、砂羽から連絡が来なくなったら本当に終わりな気がするから……。 相葉が面倒くさそうにスマホを睨み、俺に向けてそれを投げた。 「電話だろ?」 「いいよ……別に。」 それを受け取っても出る気はなく、そのまま鳴らせていると…… 相葉がスマホを取り上げた。 「代わりに出てやろうか?」 「は?」 「俺の家にいるって分かったら、きっとすぐに飛んでくる。」 なぜか楽しそうに笑みまで浮かべている相葉の思考回路は相変わらず読めず、うどんを啜りながら視線を伏せる。 「だって……お別れの電話かもしんないし。」 うどんを箸でつつきながらそう白状すると、相葉はため息をつきながらスマホを俺の方に寄せてきた。 「だから出ないのか?」 「……。」 「相変わらず、ぐだぐだしてんな……。」 「うっせえ。」 本当に自分でも嫌になるくらい「なんで俺はこうなんだ……」と呆れているのに…… わざわざ指摘されると返す言葉もない。 「ちゃっちゃと告白すれば?」 ごもっともなアドバイスだと俺も思うが、だからと言って易々と出来るものでもない。 「それが出来たら苦労してねーよ。」 「お前が片岡を好きだってことは、流石にばれてんだろ?」 セックスの最中何度も言わされているし、俺の態度から見てもバレバレだと思う。 だけど、気が付いていたとしても砂羽は何も言ってこないし、俺もはっきりと言ったわけではない。 「多分……。」 そんな曖昧な俺の答えに、相葉は食い終わったどんぶりを片づけてからもう一度座りなおし、俺としっかりと向かい合う。 真正面からの強すぎる視線に戸惑っていると、相葉が珍しく言いにくそうに言葉を繋げる。 「それでも、お前と関係が続いてるなら……見込みあるだろうが。」 「でも……。」 もし、砂羽にそんな気はないと言われてしまえば、俺の片思いはすぐに終わりを告げる。 曖昧なままでいたら、この関係を続けていけると思うと…… 勇気を振り絞ることは難しい。 今までどんなに願っても叶わないと思っていたことが、現実にある。 それをさっさと手放せと言われても、そんなに簡単にこの夢のような時間を諦めたくはない。 このままの関係はとても苦しいけれど、それでも砂羽と別れなくてはいけない苦しみに比べたら、かすり傷にもならないほどの痛みに違いない。 無言のままうどんを箸で弄っていると、相葉が俺のどんぶりを取り上げた。 「あいつに振られたら、ここに帰ってこりゃいいだろ。」 「え?」 意味が分からず相葉を見上げると、煙草を銜えながらペットでも追い払うように手を振った。 「ここで待っててやるから、さっさと行って来い。」 「待つって、なんで?」 「慰めてやるから。」 煙を吐き出しながら、人の悪い笑みを浮かべている。 「……縁起の悪いこと言うなよ。」 「お前の泣き顔、たっぷり味わってやるから。」 「だから、俺が振られること前提じゃん……。」 ここに帰ってくるっていうことは、砂羽と別れなくちゃいけないということで。 それでも、家には確実に居づらい環境になるから、ここに帰ってきていいなら…… それはそれで有難いことには変わりない。 昨日のように、行く場所も宛もなく彷徨い続けなくてはいけないよりは大分ましだ。 そんな考えが頭を掠めていると、相葉が短くなった煙草を灰皿に押し付けながらぼそりと告げる。 「きっと片岡は、お前のことが好きだよ。」 「え?」 相葉を見つめても、無表情な顔からは感情は読み取れない。 「見てれば分かる。ただの同性の友達とセフレになんてならねえよ。」 「そ、そうかな?」 不安にさせることはたくさん言われたが、今までこんな風に励ましてもらったことは初めてだと思う。 その不自然さに居心地の悪さを覚えながら相葉を見つめると…… まっすぐな瞳で相葉も俺を見つめていた。 「あの甘ったるい顔なら寄ってくる女なんて捨てるほどいるのに、わざわざお前としてんだろ?それなら、きっと大丈夫だ。」 初めて見たような柔らかい表情でそんなことまで言われて、こいつは本当に相葉なのかと疑問に思う。 中学の時には蔑んだ目でしか見られたことなかったのに、俺にきつい罵声しか与えてこなかったのに…… 憎しみや苦しみだけを与えられていた相手なのに、こんな風に背中を押してもらえるなんて、あの時は少しも思わなかった。 「……相葉って、こんな奴だったっけ?」 「中学ん時に散々泣かせた詫びだ。」 「……うん。」 くしゃりと髪を掻き混ぜる手の温かさにほっとして、相葉をまっすぐに見つめる。 「行ってきます。」 俺を玄関まで見送ることなどせず、煙草を銜えたままにっと口端だけで笑われた。 その笑顔に元気をもらい、自分を奮い立たせて玄関に向かった。
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