片思いの曲がり角

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そのままラブホで砂羽と一泊して、次の日の昼前に2人並んでホテルを出た。 ふたつ駅が離れているというだけで、顔見知りは誰もいない。 見知らぬ土地に来たようで気分も軽く、ふわふわした気分のまま無言のまま駅に向かっても、気まずさは特になかった。 そのまま大した話をすることもなく砂羽と別れ、家に帰る。 結局告白は出来ずじまいで、砂羽とは話をする時間もなかったけれど、久しぶりに抱かれたお陰で気分は上々だった。 邪魔ではないと言ってくれたことが嬉しくて、謝ってくれたことが嬉しくて…… 砂羽の一番になりたいって気持ちが随分薄くなってしまった。 ――俺は一生、砂羽の愛人でいいや……。 そんな本気か冗談かも分からないようなことを思いながら、鼻歌まじりでリビングに顔を出す。 でも、そこに母親の姿はリビングにはなく、少し腹も減ったなぁと思いながら冷蔵庫を覗いていると、背中に声を掛けられた。 「日向。」 「……何?」 振り返ると…… ロンTに短パンというラフな部屋着のまま、俺をきつい眼差しで見つめる陽菜季がいた。 直接話しかけられるのは本当に久しぶりで、顔を見合わせても挨拶すら交わさないのに…… 一昨日のことを怒っているのだろうか? めんどくさいなと思いながら声を掛けても、陽菜季はそのまま黙り込んでしまっている。 無言で俯く陽菜季の横を通り過ぎて、階段を上がり部屋に入ろうとしたところで、陽菜季に再び声をかけられた。 「今、いい?」 断ろうと思ったけれど、うまい言い訳が思いつかずに軽く頷くと…… 陽菜季は自分の部屋へと入っていく。 俺もその背中を追って中に入ると、久しぶりに入った陽菜季の部屋の中で、ファンシーな色合いのカバーのかけられたベッドだけが嫌なくらい目に留まる。 俺の部屋と壁を隔てて置かれたそれは、俺の使っているものと色違いで、そこで砂羽としていたのかと思うと…… 浮上していた気持ちが一気に萎んでいく。 「今まで、砂羽くんとこにいたの?」 「いや、中学ん時の友達のとこ。」 俺がそう言うと、陽菜季はじっと俺の目を見つめて…… その後すぐに視線を落とした。 「そう。」 気の抜けた声でそう言いながらベッドに腰をおろす姿を見つめて、なんだか居心地の悪さを覚えた。 「話はそれだけ?眠いんだけど……。」 そう言ってさっさと退散しようと背中を向けたところで、シャツを思い切り引っ張られてつんのめる。 いつもは言いたいことははっきりと言葉で伝えるタイプなのに、どうしてか今日は言葉がすんなり出てこないようで…… 何度も何度も俺に視線を向けながら、それでもまだ言いあぐねている。 「待って。」 とても小さく静かな声だったが、重厚感があるはっきりした口調。 女子にしては少し低めで、その声色には揺るがない強い意思を感じた。 見た目はそれなりに似ていたが、昔から性格は正反対だった。 物言いははっきりとしているし、負けず嫌いでなんでも白黒はっきりとつけたがる。 そんな陽菜季に捕まってしまったのだから、簡単に釈放はしてくれないだろう……。 逃がさないと言うようにきつくシャツを掴んだ指はわずかに震えていて、俺にまでその緊張が伝染してきた。 硬い表情を浮かべる陽菜季の隣に腰を落ち着けると、ようやく俺のシャツから手を離した。 「……何?」 「私、砂羽くんと付き合ってる。」 「それは前に聞いたって……。」 俺がすぐさまそう答えると、ぎゅっと膝を手で覆ってその指先を見つめている。 「私……砂羽くんのこと、好きなの。」 大切なことを伝えるように、はっきりとそう断言した。 「……そっか。」 その確固たる言葉に、俺はそんな言葉しか出てこない。 無限に感じられるような長い間をあけて、陽菜季はさらに言葉を続けた。 「日向は?」 「え?」 「砂羽くんのこと、好き?」 先ほどまで穴が開く程自分の指先しか見つめていなかったのに、陽菜季はわざわざ俺と視線を合わせてそんなことを問いかけてきた。 「はは。何言ってんの?」 急な質問にわざとらしい笑顔しか向けられない俺は、本当にダメな兄だ。 そんな俺の顔からすべてを読み取った陽菜季は、俺からすぐに視線を外してしまう。 ――やべえ、まずったな……。 そうは思っても、今から取り繕えるわけではない。 俺も気まずく思いながら壁に背をつけて膝に顎をのせていると、陽菜季がまっすぐ前を向いたまま話し始めた。 「砂羽くんのこと、ずっと好きだった。」 「え……砂羽の前に、なんとか君と付き合ってたんだろ?」 「付き合ってはいたけど、好きじゃなかったもん。日向だってそうでしょ?」 「は?」 いきなり話を振られて対応に困りながらも、下手な嘘はすぐにばれてしまいそうで、膝の間に額をつけて顔を隠す。 「ちっちゃい時から砂羽くんにべったりだったじゃない。」 「だって、気が合ったし……。」 「バスケも下手くそで趣味も違うのに?高校も進学校行かないし、大学だって国立いける頭あるくせに、砂羽くんに足並みそろえたじゃない?」 畳みかけるようにそう言われて、ぐうの音も出ない。 なんか、全てバレバレなんだなって思うと……いっそ清々しさすら覚えた。 さすが双子とでもいうのか、好きな人まで被るなんて思ってもみなかった。 「俺が誰と仲良くしてようと、陽菜季に関係ないじゃん。」 俺がそう言って逃げようとすると、陽菜季に手を掴まれた。 子供の頃は同じくらいの大きさだったはずなのに、随分と小さく感じる手のひら。 女だから当然だと頭では分かっているのに、自分よりも小さな手に掴まれたことが最近まったくないせいか…… その手を軽くあしらうことが出来ない。 「お願い。お願いだから、砂羽くんのこと盗らないで……。」 俺の左手をぎゅっと両手で掴みながらそう懇願する姿に、流石に戸惑う。 もっと思い切り罵倒されて、がんがん喚かれるっていうのを想像していたから…… こんな風に懇願されるんあんて、夢にも思っていなかった。 なんだか、いつもの陽菜季らしくない。 「陽菜季……?」 「日向はずるいよ。私が砂羽くんと付き合ってんの知ってるくせに……。」 俯いたまま震える声でそう言われて、心の奥が抉られるようにギシギシと痛む。 「ごめん。」 「告白もしないでずっと逃げてばっかで、私だって何回も諦めようと頑張ったのに……今更、なんなの?」 そう言って俺を睨む目には大粒の涙が浮かんでいて、自分に似ているせいか…… なんだか俺が泣いているような錯覚すら覚える。 「双子なんだから、日向がどういう気持ちなのか……すぐに分かっちゃうよ。何回も諦めようとして、やっと告白して、せっかく付き合えたのに……なんで、今なの?」 心にずっとため込んでいた思いをぶつけたせいか、身体の力が緩んだのか、思い切り泣き始めた。 静かな部屋に2人きり。 否が応でも陽菜季の掠れた泣き声が耳に届き、俺は途方に暮れてしまう。 慰めようにも傷つけたのは俺だから、どんな言葉をかけていいのか見つからない。 その震える背中に手を伸ばせば、さっとその手を振り払われる。 行き場に困った手で自分の髪をくしゃりと掻き混ぜて、陽菜季が泣き止むのを静かに待つことにした。 ――本当にダメ人間だな、俺は……。 「私、どんどん嫌な人間になってくね……。こんな風になりたかったわけじゃないのに。」 しゃっくりまであげながらそう話す陽菜季を見ていると、心が痛くて仕方がない。 最初2人が付き合ってるのを見て、哀しくて辛くていっぱい泣いたけれど…… そんな痛みの比ではなかった。 人の幸せを嫉んでばかりで、人の幸せの邪魔をしてばかりで…… 人の痛みに気が付かない俺のところなんかに、最初から幸せなんて訪れるわけがない。 「砂羽とは……何でもないから。ごめん。」 そんな言葉しかかけられず、顔をぐしゃぐしゃにして涙を流す陽菜季の顔をティッシュで拭う。 最初は俺に触れられるのを断固拒否していた陽菜季だったけれど、だんだん抵抗することに疲れたのか、誰彼構わず優しくしてほしかったのか…… 最後は俺に抱き付いてわんわん泣く陽菜季の背中をさすりながら、何度も謝った。 「もう、邪魔しないから……ごめんな。」 俺の言葉は届いていないのかもしれないけれど、俺の言葉なんて信用してくれないのかもしれないけれど…… 俺はようやく決意を固めた。
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