片思いの曲がり角

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陽菜季が泣き止んだタイミングで部屋に戻り、すぐに砂羽に電話をかける。 すると、2コールも待たないうちに砂羽が出た。 「ヒナ、どした?」 さっき別れた時と同じような柔らかい声に、心が乱されそうになるのを必死で我慢して 努めて平静を装いながら、ゆっくりと言葉を続けた。 「あのさ、明日会える?」 「ああ、大丈夫だよ。」 ふたつ返事で軽く頷く砂羽に、最初から決めていたことだけを伝える。 「昼はバイトだから、夜になっちゃうんだけど……それでも平気?」 「いつでも大丈夫。今日のラブホでいい?」 2人きりになるのはまずい気がして、それでも誰かれ構わず聞かれていい話でもない。 俺のことをよく知っている場所で話すのがベターな気がして、考えた末にひとつの場所が頭に浮かんだ。 「……新宿とか、来れたりする?」 「え?」 意外な場所だったのか、砂羽は少し間をあけながらも…… 「大丈夫。」と優しい声で了承してくれた。 「サボカフェっていうカフェなんだけど、分かる?」 「えーっと……聞いたことないけど、探してみる。」 「じゃあ、また明日。」 「うん。また、明日。」 弾んだ声の砂羽と電話を切ると、なんだかどっと疲れが増した。 サボさんにも確認をとろうとメールすると「わかった」とすぐに簡潔なメールが送られてくる。 ――明日、本当にちゃんと話ができるだろうか……? そんな緊張から布団にもぐって何度も何度も練習しているうちに…… 眠る暇もなく朝を迎えた。 午前5時23分。 起きるのには早すぎたが、このままベッドにいても落ち着かない。 眠っていないのにまったく眠気はなく、逆に興奮して目が冴えていた。 隣の部屋の陽菜季の様子が気になったが、壁に耳をくっつけても物音ひとつしない。 ゆっくりと身体を起こし、緊張しているせいか身体はバキバキに強張っている。 軽くストレッチしてから階下に降りて、冷蔵庫を開けてみたが大したものは入っていない。 炊飯器を覗くと、炊き立てのお米が湯気と一緒に現れた。 そのアツアツのご飯をラップで包み、鮭と昆布の特大おにぎりを2つずつ握り 最後にパリパリのノリを巻いて皿にのせ、ペットボトルを2本持って階段を上る。 陽菜季の部屋の前にそっと皿を置き軽くノックをするが、いくら待っても返事はない。 ――大丈夫かな……? 皿の上から鮭と昆布のおにぎりをひとつずつ貰って、陽菜季の部屋のドアを見つめながら自分の部屋へと入った。 今日はバイトがあるわけでもないけれど、昼間に砂羽の部屋で2人だけで話しをしても、きっと俺のことだからまた雰囲気に流されてしまうに決まっている。 その決意を固めるためにサボカフェを選んだものの、こんな朝っぱらからでは夜までの時間を持て余してしまう。 「どうするかなぁ。」と思いながらおにぎりを頬張り、クローゼットを開ける。 砂羽とのカフェデートなんて夢のようだけど、これが最後のデートだと思うと…… 昨日のホテルの帰りのような浮かれた気持ちにはとてもじゃないがなれない。 考えた末いつもと同じような服を身に着け、鏡の中の自分を見つめて首を傾げ…… 相葉に買ってもらったシャツを羽織って気合をいれる。 相葉には告白してこいって送り出されたのに、まさか自分から終わりを告げるために砂羽に会いに行くことになるとは思わなかった。 ――まあ、そろそろ腹を括らなくちゃだよな……。 潮時があるとすれば、今がその時なんだろう。 鏡の中にいる不安そうな俺を見て余計に不安になりながらも、もう一度気合を入れるために陽菜季の部屋がある壁を見つめる。 ――もう、邪魔はしない。 もう一度自分に言い聞かせて部屋を出ると、廊下に置いた皿がなくなっていた。 そのことに少し安堵しながらも、音をたてないように忍び足で家を出る。 まだ陽射しはそこまで強くないが、どこで時間を潰そうかとふらふらと歩いていると…… 遠目にコンビニが見えた。 そういえば、朝早くに砂羽と偶然会って公園に行ったな……と、そのコンビニを横目に通り過ぎると、涙腺が急に緩んでしまう。 「終わるまでは泣かない。」と自分に何度も言い聞かせ、ごしごしと腕で拭って、とりあえず駅に向かう。 こんな時間じゃ流石に閉まっているだろうけど、特に行く宛はない。 散々迷ったあげく、俺はサボカフェに足先を向けた。
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