片思いの曲がり角

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大堀が俺を怖がる理由は今だに分からないが、怖がっていることは確かなようだった。 視線が合うと顔が強張り、他の男に見せるような笑顔はない。 引き攣ったような表情ですぐに視線を逸らし、俺に平気で背を向ける。 そんなことを何度も何度も見ているうちに…… 他の男には易々と見せているその笑顔が、なぜか憎くて仕方なくなった。 いつもへらへら締まらない顔をしている癖に、男に容易く身体を触らせている癖に…… その顔は俺には絶対に見せない。 俺の苛立ちが大堀にも伝わったのか、そんなことを何度も続けていると…… 俺が近づくだけで逃げるようになった。 最初から仲良くもなかったし、話したこともないけれど…… こんなにあからさまに避けられるのは、やはり気になる。 話しかけようとすれば無視されて、追えばすぐに逃げだす大堀に ただでさえイライラしていた気持ちが、日増しに強くなる。 ――俺って……もしかして、嫌われてる? その結論に至ってしまえば、今までの大堀の言動は簡単に納得できた。 生理的に無理だということもあるかもしれないが、そこまでひどい容姿だとは思えない。 片岡の比ではないが、それなりに女子から告白された経験もある。 それなのに、それなのに…… ――なんでこの俺が、ホモ野郎に嫌われなくちゃならねえんだ? 男としてのプライドが傷つけられたとまでは言わないが、別にホモに好かれたいなんて微塵も思わないが それでも、なぜ嫌われなくちゃいけないのか理解が出来ない。 男が好きなら俺もその守備範囲に入っているはずなのに…… 俺よりも不細工に触られて、けらけら楽しそうに笑っている大堀の美的感覚が全く理解できない。 片岡みたいにスポーツ万能で、バスケが上手いわけではない。 全身に砂糖をまぶしたような甘そうな顔で、鳥肌がたちそうなセリフを易々と言えるような芸当、俺には絶対出来そうにない。 ――でも、あんな男のどこがいい? ちょっと顔がいいだけで、ちょっと背が高いだけで、バスケがちょっと上手いだけで…… 別に大した男ではない。 勉強も平均以下のようだし、にこにこと笑ってはいるが…… 俺自身人のことをどうこう言える性格でもないが、絶対に性格が悪い。 俺に見せつけるように、べたべたと大堀に触れるあの勝ち誇った顔を思い出して舌打ちをしていると…… 自分のイライラを内に秘めることが徐々に難しくなってくる。 大堀を見ているだけでイライラして、片岡とべたべたしている姿を見かけるだけで吐き気がした。 そんな毎日ストレスを貯める生活を送っていた夏のあの日…… 俺は、一番見たくないものを見てしまった。 誰もいない放課後の教室で、大堀が片岡にキスをしていた。 別にあんなところを、わざわざ見たくて見たわけではない。 さっさと帰ろうかと校庭を歩いている時。 たまたま教室を見上げたら、窓際で片岡が頬杖をついてる姿が見えた。 いつも周りに邪魔な奴が群がっているから、あいつが1人でいるのは珍しい。 大堀をどう思っているのか、それだけをはっきりとあいつの口から聞きたかっただけで それ以外に他意はない。 でも、教室に顔を出したら大堀がそこにいたから…… 出るに出られなくなってしまった。 2人の雰囲気はいつも教室で騒いでいるのとは違い、妙な距離感がある。 片岡は本当に眠っているのか狸寝入りかは判断がつかないが、大堀は吸い寄せられるように片岡に近づくと…… そのまま顔を近づけた。 1秒にも満たない僅かな時間だったが、大堀が自分の唇に手を当てているのを見て…… 愕然とした。 小学校に上がってすぐの頃、実兄と男との生々しいセックスまで見てしまった俺だが…… 多分、それ以上にショックだったと思う。 実際に経験したことはなかったが、AVくらいは見たことがある。 もっと生々しいものはたくさん見てきたはずなのに、脳みそをぐらぐらとかき乱されているような感覚と身体が重くなるような熱を覚えた。 その熱は下半身に直結し、自分の身体の状況を理解してさらに苛立つ。 男同士のキスで勃起した経験など一度もなく、ホモに対して今まで嫌悪感しかなかったはずなのに……。 それなのに、こんなお子ちゃまのキスシーンで反応する自分が許せなかった。 大堀は俺が見ていたことに気が付いて、今にも泣きだしそうな顔をしていたけれど…… その泣きだしそうな顔を見て、なぜかむらっとした。 他の奴にはきっと見せないだろう顔に思えて、その顔を見ることが俺にとっての喜びになった。 大堀を泣かせるのはとても簡単なことで 特に暴力的なことはしなくても、ちょっときついことを言うだけでびーびー泣き出す大堀の泣き顔を見ていると…… なんていうか、こう……変なスイッチが入る。 取り繕うことも出来ないほどぐしゃぐしゃな顔で見つめられると、嗜虐心を煽られて…… もっと、その顔が見たくなる。 他の野郎とスキンシップをしていても、片岡と嬉しそうに笑っていても きっと、この顔は俺にしか見せていない。 そう思うと、大堀が俺に笑顔を見せなくても気にならなくなった。 兄に言いたくても言えなかったことを大堀に吐き出すと、それだけで心も軽くすっきりする。 ついこの間までイライラしていた気持ちが、大堀の泣いている姿を見るだけですっと軽くなる。 こいつが嫌いなんだと、虐めていた時は疑いもしなかった。 キスシーンを見て身体が反応したのは全て思春期のせいにして、言い返すことも出来ずにいる大堀がどんな気持ちでいたのかなんて、そんなことは少しも考えなかった。 それなのに、中学を卒業しても思い出すのは大堀の泣き顔ばかり。 高校に入学して、何人かとお付き合いらしいものはしてはみたが…… 想像していたものと異なり、少しも楽しくはなかった。 中学時代で楽しかった思い出もほぼ皆無だったが、大堀と2人で過ごすあの時間を何度も思い出した。 下手なAVを見るよりも、好きでもない女を抱くよりも、記憶に残る大堀の泣き顔をおかずにするほうが、何倍も何百倍も興奮できた。 自分の感情がおかしい方向に進んでいることには薄々気が付き始めていたが、今更気が付いたところで後の祭り。 大堀の俺への思い出は、きっと俺が想像しているよりもひどいもので、今から告白なんてしたところで上手くいくはずもない。 ――それなのに、なんであんなところで会ってしまったんだろう? もう、顔を合わせることもないと思っていたのに、顔を見ただけで大堀だと気が付いた。 身長も伸びてはいたし、顔つきも少しは大人びていたが…… 一瞬であの頃に戻ったような感覚に陥った。 それなのに、大堀は俺のことなんて少しも覚えてはいなかった。 俺とのことなんて思い出したくもない記憶には違いないと思うが、それでも記憶には確実に残っているだろうと思っていたのに…… 俺が何者であるか分からずに家に来て、暢気に眠りにつく大堀に腹がたった。 俺が誰かも分かっていないのに易々と男の部屋にあがり、平気で眠る神経に…… 苛立ちというよりも、哀しさや寂しさという感情に近いものだったのかもしれない。 こうやって平気で男の家に上がり込み、他の男と関係を持っていると嫌でも気が付いたから。 てっきり片岡と出来ているものだとばかり思っていたし、そうなっていても仕方がないという思いはあった。 だが、こういう状況なら話は違う。 大堀は中学に会った時から、何も変わってはいなかった。 うじうじと同じことを永遠と悩み、両想いのくせに告白も出来ずにいる大堀にムカついたのと同時に…… チャンスだとも思った。 2人の関係が昔と変わっていないのなら、これが最後のチャンスなのかもしれない。 でも、そう思ったのはほんの僅かな時間だけ。 大堀の中で片岡は変わらずに輝いていて、俺は相変わらずのいじめっ子で…… そのイメージを簡単に払拭することなど出来ない。 俺にとっては片岡なんて大した男じゃないけれど、大堀にとってはきっときらきらと輝いて見えているんだろうと思うと…… 足を引っ張るのも馬鹿らしい。 どうせ無理なら応援してやったほうが少しは救われる気がしたが、元々いい人間でもないのに下手な芝居をしてしまったと、今更ながら後悔している。 明日から、また今日と同じ1日が始まる。 毎日同じように生活をして、忙しさの中に埋没してしまえば少しは早く立ち直れるかもしれない。 そんな淡い期待を胸に抱いてベッドに寝転んでいると、玄関で物音がした。 ――なんだ……? 不審に思いながらも身体を起こすと、静かな足音がこちらに近づいてくる。 耳をそばだてながらそのままの姿勢でいると、突然扉が開いた。 「あれ……起きてた?」 扉を開けて侵入してきたのは、大堀だった。 曖昧な笑顔を浮かべてはいたが、目の辺りが赤く腫れている。 前髪を払って目元に触れると、下手な笑顔で取り繕う姿にもやっとする。 「なんで、お前……片岡は?」 「ええと……泊めて下さい!」 ここに来た理由を聞こうと思ったが、俺の言葉を遮って頭を下げる大堀に、いろいろと意味が分からない。 「は?」 「ごめん。悪いんだけど、今日はすげえ疲れてるから……話は今度で。」 そう言うと、ふらふらとした足取りでベッドに近づくと…… うつ伏せのまま倒れ込んでしまう。 「おい。」 話を聞こうと頬に触れると、くすぐったそうに笑いながら目を閉じてしまった。 「……おい。」 そのまま寝息まで聞こえてきて、この状況を喜べばいいのかも分からずに途方に暮れる。 ベッドの真ん中で寝入ってしまった大堀に布団をかけ、一先ず煙草に火をつけて頭を整理する。 片岡に振られるとは到底思えないが、ここに来たということはなんらかの進展があったのか…… それとも怖気づいて途中で逃げてきたのか…… いろいろと聞きたくても、当の本人はすやすやと気持ちよさそうに夢の中。 ため息と一緒に紫煙をはきだし、大堀の隣に横になる。 たった3日しか離れていなかったはずなのに、永遠に思えるほどやけに長い時間に思えた。 大堀の寝顔を見つめながら、いつものように小さな身体を腕に抱き込む。 鼻を掠めるのは間違いなく大堀の匂いで、腕に感じる温もりになぜかホッとする。 とりあえず、まあ……ここにいる意味も分からないが。 「おかえり。」 額に軽く口づけて、すやすやと眠る大堀の寝顔を見つめながら…… ゆっくりと目を閉じた。。
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