片思いの曲がり角

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温もりがなくなったことに気が付き目を開けると、やはり腕の中に大堀の姿はない。 大堀が寝ていたはずのシーツには僅かな温もりがあり、昨日ここに来たのはやはり夢ではなかったようだ。 でも、また出て行ったのかと思い飛び起きてリビングに向かうと…… 大堀が慣れない手つきで包丁を握っていた。 「あ、おはよ。」 「……おはよ。」 俺が起きたことに気が付くと、くるりと振り返って暢気な挨拶を交わす。 少しだけ板についてきたその姿に瞬きを繰り返しながらも、一先ずいなくなったわけではないことに安堵した。 朝はいらないと言っているのに、また朝飯でも作る気なのだろうか? 2人分とはとても思えない量の味噌汁を作る背中を見つめていると、大堀が背を向けたまま声をかけてきた。 「相葉の学校って、後期いつから?」 「9月いっぱいは休み。」 「やっぱ国立はいいよなぁ?俺んとこ、もうすぐ始まっちゃうし……。」 そう言って、慣れない手つきで豆腐を切っている。 そんなつまらない世間話などに興味はなく、なんでここに帰ってきたのかが知りたいのに…… 大堀は再びこちらに視線を向けると、ぎこちない笑みを見せる。 「あー、飯はまだ時間かかると思うよ。もう少し寝てたら?」 「いや、十分寝たから。」 俺といることが気まずいのか、さっさと追い出そうとする大堀の瞳をじっと見つめる。 「それより。」 ――片岡とはどうなった……? そう聞き出すつもりだったが、強張った顔で見つめ返す大堀に言葉が濁る。 そのままじっと見つめていると、居心地の悪そうに視線を泳がせ…… まだ聞かないでほしいと顔いっぱいに書かれているから、流石に直球で聞き出すのが躊躇われ、仕方なく煙草に手を伸ばした。 「やっぱ、いい。」 いつものように煙草を銜えながら小さな背中を見つめていると、新妻みたいだなと馬鹿な考えが頭に浮かぶ。 慣れない手つきでキッチンに立つ姿に和みながら、大した品数も作っていないのに妙にあわあわと落ち着きのない様子に、思わず笑みがこぼれた。 「……なんか、手伝う?」 「え?」 大堀の横に立つと、意外そうに俺を見上げる大堀の手から包丁を取り上げる。 「危なっかしいから。」 「じゃあ、ネギお願い。」 大堀からネギを預かり、そのまま刻んでいると…… 卵をかき混ぜていた大堀の視線が俺の手元を熱心に見つめていることに気が付いた。 無言で見られているというのは妙に緊張するもので、大堀を見つめ返すと…… なぜかキラキラとした視線でこちらを見ている。 「何?」 「すげー!」 「は?」 「相葉って器用だよなぁ……。」 妙に興奮した様子で俺を見つめているため、ボールを落とさないか冷や冷やする。 「お前が特別不器用なだけだろ?」 俺がそう言い返すと、拗ねた様子で卵をぐるぐるとかき混ぜる姿に 思わず吹き出してしまった。 仕草が子供っぽいというか、感情が素直に顔に出るというか…… 見ていて飽きない。 唇を尖らせたままレシピを見つめる大堀の肩を抱き寄せ、驚いて揺れる瞳を見つめながら唇を素早く奪う。 久しぶりに感じた柔らかい感触に欲が出たが、胸を押されて仕方なく距離をとる。 「な、何?」 眉間に皺を寄せながらも、少し火照った顔で見上げる顔が堪らない。 客観的に見たらそこまで目を引く美人というわけでもないと思うが、俺の目から見ると…… 何をしていても可愛く見えてしまうのはなぜだろう? 中学時代にクラスメイトが妙にちょっかいを出すのを不思議に思ってみていたが、自分が出す立場になってその意味がよく分かった。 「唇尖らせてたから、ねだってんのかと思って。」 そう笑いながら柔らかな唇をつまむと、悔しそうにこちらを睨む表情まで可愛く見えるのだから…… 本当に重症だと自分でも思う。 女と2人で出かけても面倒以外のなにものでもなかったのに、大堀と飯を作っているだけでこんなに楽しいなんて…… 昔はまったく気が付かなかった。 「はあ?んなわけねえだろ。」 そう怒鳴る大堀の丸みを帯びた頬をするりと撫でると、耳元までほんのりと染まる。 「赤くなってる。」 「なってない。」 「なってる。」 「なってねえって!」 元々少し釣り目の目じりをさらに引き上げる姿を見つめていると、鍋がぼこぼこと荒ぶっている様子が視界の端にちらついた。 「ほら、また鍋溢すぞ借金王。」 「あ。」 俺の言葉に慌てて水を足す姿に笑っていると、大堀がちらちらとこちらに視線を送ってくる。 「何?」 「聞かないの?」 「何が?」 「……砂羽とのこと。」 「聞かれたくねえんだろ?」 「……ごめん。」 気まずそうに謝る姿にため息を返すと、俺が怒っているとでも思ったのか…… 小さい身体をさらに縮める。 「別に。お前、すぐに顔に出るから分かりやすいし。」 「相葉は全然顔面動かないから、分かりづらい。」 「は?」 「何考えてるのか、全然分かんない。」 俺のことをちらりと見上げた割に、視線が合うだけですぐに逸らされる。 その様子が中学時代の姿に重なって、今まで気になっていたことを問いかけた。 「怖いか?」 「え?」 「中学の時、びびってたろ?」 俺がそう質問をなげかけると、大堀はボールを腕に抱えたまま ぽつりと話し始めた。 「だって、相葉……虐めてたじゃん。」 「俺が虐める前から、避けてただろ。」 「そう……だったかな?」 記憶にないのか視線を彷徨わせていると、俺とたまたま視線が合う。 しかし、その視線はすぐに逸らされた。 「……目が。」 「え?」 「目が、ちょっと苦手かも……。」 「え?」 もごもごと聞き取りにくい言葉ではあったが、意外な回答に固まっていると…… 大堀がさらに続ける。 「鋭いっていうか、なんか……なんでもお見通しって感じだから、怖い。」 「……そうか。」 生理的に無理とは少し違うのかもしれないが、どうやら俺の容姿に問題があったらしい。 人が寄ってくるタイプの顔でもないが、怖いと表現されたことが思いのほか心に刺さる。 思えば片岡は蕩けそうなほど甘ったるい顔だし、顔と同様に声も優し気だ。 片岡のような優男がタイプだとすると、俺ではどう考えても難しい。 1人でそんな結論に至っていると、大堀は俺が無言でいることが気まずいのか…… 堰を切ったように弁解を始めた。 「いや、でも俺が苦手なだけで、普通に見たらイケメンだし……女子たちからは人気あるんだろ?」 そんな的外れなフォローをいれる大堀を無言で観察していると、慌てた様子で視線を逸らす。 「だから、そんな気にすることでもないと思うけど……。」 「それで、フォローしてるつもりか?」 「え、いや……気に障ったなら、ごめん。」 「別に、怒ってないから。」 それが事実だとすれば、大堀が謝る必要はない。 ただ見ているだけで萎縮させてしまうとすると、今後も克服することは難しいように思える。 苦手だから避けていただけで、大堀に非など最初からないのだから……。 それを追い回して、泣かせて、喜んでいたなんて…… 俺はなんてガキだったのかと、今更ながら反省する。 「本当?怒ってない?」 俺の顔色を気にしてうろうろする大堀を見下ろしていると、鍋が一気に噴きこぼれるのが見えた。 「いや、怒ってる。」 「え?」 俺の言葉に一気に表情が強張る大堀に、鍋を顎で指す。 「鍋、溢した。」 「ああぁーーーーーーーーっ!!!!!」 「借金、また1万追加な?」 俺がそう言うと、鍋を退かしながら大堀がちらりとこちらを見上げる。 「あのさ、俺の時給っていくらなわけ?」 「あー……300円くらいか?」 「小学生のお駄賃じゃねえんだから。」 「やってることはそれ以下のレベルだけどな……。」 「……。」 今の時代、たとえ男だろうが大堀レベルに家事が壊滅的な奴も珍しい。 家で散々可愛がられて育ってきたんだなというのが見ているだけで伝わるから、それについて口を出すつもりはない。 それに、慣れない様子でうろうろしているほうが見ていて飽きない。 別に本気で金を返してほしいなんて思ってもいないけれど、借金だなんだと難癖をつければ…… 大堀がここにいる理由が出来る。 家事を頼んだのは気まぐれだったが、俺のために慣れない家事に悪戦苦闘する様子は微笑ましさすら覚える。 「そんなんじゃ、いつまで経っても金返せねえじゃん。」 「なら、手っ取り早く返したほうがいいんじゃないか?」 「え?」 「セックス1回5000円。」 「……また、すんの?」 嫌そうに皺を寄せた顔で見上げられれば、流石に無理に誘う気にはなれない。 「冗談だ。」 なるべく大堀を見ないように手元に集中していると、おずおずと声をかけてきた。 「1回だけ……だよ?」 「あ?」 「2回も3回も突っ込まれたら身体きついし、今日もバイトだからあんま激しいのされたら動けないし……。」 そう言ってやんわりと歯止めをかける大堀に、どうされたいのかが本気で分からない。 誘っているのか、それとも取り合えずこの空気から逃れたいだけなのか…… 大堀をじっと見つめていると、なぜか焦ったように壁のほうに逃げる。 「な、何?」 「1回5000円じゃ安すぎるって、散々文句言ってたくせに……?」 嫌なら嫌とはっきり言ってもらったほうが、こちらとしても諦めがつくのに…… 妙にそのラインが甘いのは、今まで散々男と遊んできたせいだろうか? 「ていうか、相葉はいつの間に男と出来るようになったの?」 「は?」 「ホモ、嫌いだろ?」 真顔でそんなことを聞いてくる大堀に、心底呆れてため息がでた。 あんなに丁寧に抱いてやったのに、大堀には俺の思いなど露ほどにも伝わっていないらしい。 ――ていうか……本気で嫌いなら、男相手に勃たたねえよ。 「なんで、ため息?」 「……なんでもない。」 ――ま、でもヤらせてくれるのだから、据え膳は有難く頂くまでで……。 大堀の手首を掴んでベッドルームに連れて行くと、大堀は足をもたつかせながらも逆に腕を引かれた。 今度はなんだと見下ろせば、あっけらかんとした顔でこう言った。 「あの。え、いや……飯は?」 「あとで。」 「俺、腹減ったんだけど?」 自分から誘ったくせに、今の状態でお預けをされては堪らない。 大堀の手を掴んで俺の股間に導くと、真っ赤になりながらも手をばっと離された。 「たっぷり喰わせてやるから。」 「……オヤジかよ。」 げんなりした様子で笑いながらも、自らベッドに寝転ぶ大堀を組み敷いて 苦手だと言われた目を閉じ、少し濡れた唇をゆっくりと味わった。
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